2009年8月アーカイブ

「サマーウォーズ」パンフレット 「大丈夫、あんたなら、できるよ」。中盤、ネット上の仮想世界OZを乗っ取り、現実世界を大混乱に陥れたA.I.ラブマシーンに対抗するため、陣内家の90歳の当主栄(富司純子)が知り合いに電話をかけまくり、根を上げそうになっている人々を励まし続ける。陣内家は戦国武将の家臣の末裔。栄はいろんな有力者とのコネクションがあるのだ。デジタルのネットワークに対抗するには人的なネットワークでというわけで、富司純子の好演と相まって、ここは見ていてなんだか胸が熱くなった。「つながりこそが、ボクらの武器」という映画のコピーはネット上の希薄なつながりではなく、家族の絆や人々の絆の大切さを訴えたこの映画の内容を端的に表している。

映画の元ネタは同じ細田守監督の「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」(2000年)らしいというので、DVDで見てみた。ネットに現れた怪物が世界を危機に陥れるという基本プロットは同じでも、約40分の短編であるデジモンとこの映画との間には大きな隔たりがある。「サマーウォーズ」は長野県上田市の大家族を舞台にしたのが成功の要因で、栄の誕生日のためアナログな古い屋敷に集まった家族と親戚の計29人が力を合わせて世界的な危機に立ち向かう。奥寺佐渡子の脚本と細田守の演出は29人を的確に描き分け、キャラを立たせ、笑わせて泣かせ、日常の描写を積み重ねてリアリティを持たせた見事な出来である。非日常の世界にリアリティを持たせるには日常描写の細やかさが求められるのだ(キネ旬8月下旬号で佐藤忠男はこの映画について「小津、成瀬の味わい」と書いている)。高い評価を受けた「時をかける少女」の次の作品として少しも恥じない出来であり、この夏公開された映画のベストだと思う。

主人公の小磯健二(神木隆之介)は数学の世界オリンピック日本代表になれず、気を落としていた夏休みに、先輩の篠原夏希(桜庭みなみ)からアルバイトを持ちかけられる。アルバイトは夏希の曾祖母・栄の誕生日で長野県の実家に手伝いに行くことだった。実家に着いた途端、夏希は健二を「わたしのお婿さんになる人」と紹介する。病気がちな曾祖母を元気づけるための作戦だったのだ。その夜、健二は数字だらけのメールを受け取る。その暗号を解いて返送すると、翌日、仮想世界OZが大混乱に陥っていた。ラブマシーンという怪物が現れ、世界中のアカウントを奪って現実世界にも混乱が及んでくる。ラブマシーンは陣内家の前当主の隠し子侘助(斎藤歩)が作った知識欲を持つA.Iで、米軍が実験のためOZに放ったものだった。やがてラブマシーンは衛星を原子力発電所に落とそうとしていることが分かる。

クライマックスは4億のアカウントからなる巨大なラブマシーンと夏希をはじめとする陣内家の面々との仮想世界での戦い。その戦いの内容も面白い。ラブマシーンのCGを駆使した造型は良くできているが、同時に旧家のたたずまいや、ゆっくりと流れる入道雲など作画には詩的な部分があって良い。

「時をかける少女」で感動的だった「行けーーーーーーっ」は「お願いしまーーーーーす」となっている(ちにみに「行けーーーーーーっ」は「ぼくらのウォーゲーム!」にもあった)。細田守、この路線で次はぜひ「アイの物語」を映画化して欲しい。

「レスラー」

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「レスラー」パンフレット ステイプルを打ち、額に紙幣を固定するレスラー。主人公のランディも胸や背中にステイプルの針を打ち付けられる。観客を喜ばせるための打ち合わせ通りの試合経過だ。試合の前後には両者が談笑し、お互いの健闘をたたえ合う。そんなプロレスの裏側を描きながらも、この映画、プロレスをバカにした部分はまったくない。試合に演出があるにしても、レスラーが受ける傷の痛みは本物だからだ。全身を傷だらけにしながらもリングへ上がるレスラーたちを見ていて尊敬の念を覚えてしまう。彼らは真のプロだ。

そうしたプロレスの現場を舞台に、ダーレン・アロノフスキー監督は落ちぶれた中年レスラー、ランディの寂寥感をじっくりと浮かび上がらせる。ランディがたどったのは家庭も自分も犠牲にした破滅的な人生。同じく破滅的であっても、ドラッグ中毒者を描いたアロノフスキーの「レクイエム・フォー・ドリーム」のような暗く悲惨なだけの運命はここにはない。いや、トレーラーハウスの家賃さえ払えず、娘からは拒絶されるランディの人生は十分に悲惨なのだが、アロノフスキーはそれに優しい視線を投げかけている。そこがいい。ランディを演じるミッキー・ロークと中年ストリッパー役のマリサ・トメイが映画に確かなリアリティを与えている。

かつて一流レスラーだったランディは今、場末の会場で試合を行っている。体の痛みは命に影響ないが、痛みを和らげるための薬はランディの心臓に決定的な影響を及ぼす。傷だらけの体でリングに上がるランディの姿はニック・ノルティがアメフト選手を演じた「ノース・ダラス40」(テッド・コチェフ監督)を思い起こさせた。なぜ、彼らは体をぼろぼろにしながらリングに上がらなければならないのか。外の世界はリング以上に厳しいからだ。リングの上には観客の声援があり、痛みを分かち合い、境遇を理解する仲間がいる。試合の後、心臓発作で倒れ、バイパス手術を受けたランディは引退を決意するが、スーパーの総菜売り場の仕事になじめず、リングに復帰することになる。そこにしか自分の居場所がないと分かったからだ。

ロークの演技の凄みは一流スターからボクサーを経て転落した実人生の経緯が役に反映されているからにほかならない。自分を「クズだ」と言い、娘の前で涙を流すランディの姿は胸を打つ。「さらば愛しき女よ」のムース・マロイを思わせる「シン・シティ」の大男マーヴ役も良かったが、今回はまさにはまり役と言える。「サンセット大通り」で落ちぶれた大女優を演じたグロリア・スワンソンと同じ凄みと言えようか。今年45歳になるマリサ・トメイも十分に魅力的だった。

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