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2005年11月08日 [Tue]

[MOVIE] 「メゾン・ド・ヒミコ」

「メゾン・ド・ヒミコ」パンフレット「触りたいとこないんでしょ?」。沙織(柴咲コウ)の言葉が絶望的に響く。ゲイの岸本(オダギリジョー)と沙織の間には越えられない壁があり、心は通い合っても体の関係は結べない。この映画、ゲイと女のラブストーリーという甘ったるい話では全然なく、どこまでも厳しい話である。障害者と大学生の関係を描いた「ジョゼと虎と魚たち」と基本的には同じ構造でありながら、ラブストーリーとしては機能していない。それは父と娘の確執を取り入れたためもあるが、監督の犬童一心には元々、甘い話にするつもりはなかったのだろう。監督の言葉を借りれば、これは「何かを試そうとした」人たちの話であり、その何かとは人と人とを隔てる壁を越えることにほかならない。結局、壁は越えられないのだが、その代わりに映画は小さなハッピーエンドを用意している。これがとても心地よい。柴咲コウ、オダギリジョー、田中泯の好演に加え、テーマを突き詰める姿勢とキャラクターの焦点深度の深さにおいて、今年の邦画の中では群を抜いている映画だと思う。

渡辺あや脚本で犬童一心監督の「ジョゼ…」コンビの作品ならば、絶対に面白いはずだと思いつつ、見る前に気が重かったのはこれがゲイの老人ホームの話であり、オダギリジョーと田中泯のキスシーンまであると事前に知っていたからだが、映画はそうした観客の偏見を見透かすように主人公・沙織のゲイへの嫌悪感を描いていく。沙織の嫌悪感は父親が40歳の時に母親と自分を捨ててゲイとして生きることを選んだことが影響しており、沙織は父親を未だに許せないでいる。母が死に、借金を背負って小さな塗装会社で働いている沙織は風俗でのバイトも考えるが、そんな時、岸本から週に一度、ゲイの老人ホームである「メゾン・ド・ヒミコ」を手伝ってくれと頼まれる。「メゾン・ド・ヒミコ」は銀座のバーをやめた父親が作った老人ホーム。父親は末期がんにかかっており、死ぬ前に娘に会わせたいと岸本は考えたらしい。1日3万円の報酬目当てで沙織はホームで働くようになる。

ここから映画はホームに住むゲイの老人たちの姿を描き、次第に打ち解けていく沙織と岸本の関係を描く。ホームの面々とともにダンスホールに出かけた2人が「また逢う日まで」に合わせて踊るシーンには素晴らしい高揚感があり、これで2人が一気に親しくなることに納得できる。このシーンの後で沙織は岸本からキスをされ、「なんであたしに…」と戸惑うことになる。

渡辺あやの第1稿が完成したのは2001年1月。犬童一心はそれに注文を付け、間に「ジョゼと虎と魚たち」の撮影を挟んで2004年9月に完成した最終稿は第10稿となった。改稿の過程で沙織の父親とヒミコは同一人物となったそうだ。岸本と体の関係を結べなかった沙織がその反動もあって、会社の専務の細川(西島秀俊)に抱かれてしまう所などにこの脚本の洞察の深さを感じる。細川は女子社員に手を出し続けている俗物で、体だけが目当て。沙織と心だけは通い合った岸本と好対照な存在なのである。それを知った岸本のセリフが切ない。

柴咲コウはノーメイクに近いらしいが、そのために普段でも鋭い目つきがより際立つことになった。父親やゲイへの嫌悪感、多額の借金を背負った必死さに説得力を持たせる鋭い目つきであり、これまでの演技の中ではベストではないかと思う。

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将来的には衛星や光ファイバーでの送信も可能になるらしいが、当面は映画の入ったハードディスクを直接、映画館に運搬するのだという。途中で壊れるんじゃないかと心配になる。だがそれよりも衛星、光ファイバーでの送信が可能なら、家庭で受信することもできるはず。封切りと同時に家庭で視聴できる時代はそう先のことではないのかもしれない。というか技術的には今でも十分可能。それをやらないのは単に映画館の営業が成り立ちにくくなるからに過ぎないのではないか。

もっとも、家庭で見られるようになったら、作品の質がテレビ並みに落ちる心配はあるんですがね。大きな画面を想定した作品が減っていくと、映画の意味がなくなる。逆に言えば、単館系の映画などは家庭への配信でも十分、ペイするのではないか。東京だけで公開して地方に回ってくるのに数カ月かかるような映画は全国同時にネット公開するといいと思う。DVD化されるのに今は最短で3カ月程度。3カ月では地方にフィルムが行き着く前にDVDが出ることになり、地方では今でも単館系の作品の公開ができにくい環境にあるのだから。


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