It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

いつかどこかで

ここ数年、日本映画のブームとなっている異業種新人監督の起用には大きな疑問を感じる。生み出される作品の9割がクズに過ぎず、ただでさえ低い邦画の水準を著しく落としているからだ。映画会社としては新人監督の話題だけで観客をある程度集めることができるという利点はあるが、こうした詐欺的な商法を取らざるを得ない現状はもはや末期的な症状と言うほかない。小田和正が企画・脚本・音楽・監督の4役を務めたこの映画も例外ではなく、ビデオ・クリップみたいな映像の寄せ集めで映画と呼べるシロモノではない。

原案の域を出ない脚本を無理に映像化したのが間違いのもとだ。むろん小田監督自身には脚本の欠陥など分かっていないだろう。リゾート開発会社・橘建設に務める時任三郎がライバル会社・新日本計画の藤原礼実を好きになる。両社は秋田県の開発予定地の設計コンペを競い合っている。藤原礼実は笑顔ひとつ見せない氷のような性格。居酒屋の料理を不潔と考えているとんでもない女である(居酒屋の主人が「あの女は良くないよ」と時任に忠告する)。言い寄る時任三部を初めは相手にしないが、上司の岡田真澄から橘建設の企画を知るため、時任を利用するよう指示されて接近していく。この種のラブストーリーの中心は氷のような女の心をいかに溶かしていくかの描写になるはずなのだが、そうした描写が映画にはすっぽりと抜け落ちてしまっている。

藤原の乗ったヘリが開発予定地に落ちたとのニュース速報を見た時任は秋田まで車で駆け付ける。病室に入ると、藤原にけがはなく、おまけに時任に向かってニッコリと微笑むのだ。観客を椅子から落とすような展開である。そこまで2人の関係に何ら進展はなく、藤原は氷のままだった。ヘリの事故から急速に進展させるのは分かるが、本来ならここから説得力のあるセリフと演技を見せてくれなければいけない。それを笑顔ひとつですませてしまうとはね。幼稚で短絡的で能天気な頭なのだな、小田和正は。こうなると、小田和正の本領であるはずの音楽もセリフをさえぎる雑音にしか聞こえない。冒頭からのギクシャクした画面のつなぎにも辟易した。

さて、このライバル会社にはもうひとつの恋人同士がいる(2組もいるとはちょっと信じられない設定だ)。宅麻伸と中村久美で、こちらはもっと軽い関係。中村は会社の計画案のコピーを宅麻に届けるが、それは偽物で上司が仕組んだ罠だった。時任は「藤原が疑われているから、そちらのコピーもよこせ」と要求されることになる。ま、最後に愛は勝つのだが、なんという薄っぺらな話だろうか。こんな話でも泣いている観客がいるのだから、映画だけでなく観客の質も確かに落ちているのだろう。描写ができないのは新人監督だから仕方ない(本当はこれができないと映画を撮る資格はない)。しかし、せめて映画の設計図となる脚本だけはプロに任せてきちんとしたものを用意するのが観客に対する最低限のマナーではないか。

アメリカでも新人監督は流行のようで、昨年はケヴィン・コスナー、ショーン・ペン、ジョディ・フォスターと俳優監督が続出した。それらの作品は日本の場合と違って、かなりレベルの高いものになっている。監督をフォローするしっかりしたスタッフがいるからだろう。異業種の人の感覚を取り入れるのは決して悪いことではないのだから、日本でもそうした体制を取ることが必要だと思う。いたずらに新人を起用するばかりでは、生産的な行為には成り得ない。(1992年3月号)

【データ】1992年 ファーイーストクラブ=ファンハウス=東宝
監督・脚本・音楽:小田和正 製作総指揮:横山征次 吉田雅道 撮影:西浦清
出演:時任三郎 宅間伸 藤原礼実 中村久美 小木茂光 なぎら健壱 岡田真澄 津川雅彦 八千草薫

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