ハリー・ポッターと炎のゴブレット

「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」パンフレットハリー・ポッターシリーズの第4作。今回は「フォー・ウェディング」のマイク・ニューウェルが監督を務めた。毎度のことながら、2時間37分の上映時間は長すぎると思う(エンドクレジットが10分ほどあるのにもまいった)。毎回2時間を大幅に超える映画になるのはプロデューサーに「長くなければ大作ではない」という意識でもあるのだろう。この4作目も内容からすれば、2時間程度にまとめられる話である。ニューウェルの演出はとりあえず、字面を映像化してみました、といったレベル。VFXは水準的だし、演技力云々を別にすれば、主役の3人も僕は好きなのだが、映画にはエモーションが欠落している。ハリーの初恋もハリーとロンの仲違いも、ハーマイオニーとの関係もただたださらりと何の思い入れもなく描いただけ。心がこもっていない。ニューウェル、こういうファンタジーが本気で好きではないのに違いない。監督の人選を間違ったのが今回の敗因なのだと思う。

メインの話、というよりも、長い時間をかけて描かれるのは三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)。危険を伴うために100年以上も禁止されていた試合が開催されることになり、17歳以上が出場するという条件にもかかわらず、炎のゴブレットに選ばれて14歳のハリー・ポッター(ダニエル・ラドクリフ)もホグワーツ魔法魔術学校を代表して出場することになる。ホグワーツのほか、対抗試合に出るのはボーバトン魔法アカデミーとダームストラング学院の代表。試合はドラゴン、水魔、迷路での戦いの3つである(どうでもいいが、日本語吹き替え版では水魔がスイマーに聞こえた)。出場者は魔法の杖と実力を頼りに勝ち抜いていかなければならない。

これに合わせて1作目から続く悪の権化ヴォルデモートとの確執が描かれる。シリーズ全体を眺めれば、ハリーの両親を殺したヴォルデモートとの対決が話の軸になっていくのはよく分かる。この映画の冒頭にヴォルデモートは登場し、クライマックスもヴォルデモートの復活になっており、この部分に関しては大変面白かった。ただし、こういう構成ではそれまでの対抗試合の話が結局のところ、刺身のツマみたいになってしまうのだ。映画を見終わってみれば、対抗試合がどのような結果になろうと、大した問題じゃなくなる。困るのは、このツマがメインの刺身よりも大きいこと。本筋に導くための脇筋なのに、これでは本末転倒としか思えない。

これは脚本が悪いのだろうと思って、脚本家の名前を見たら、なんと「恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」(1989年)のスティーブ・クローブスではないか。というか、クローブス、1作目からずっとこのシリーズの脚本を書いている。知らなかった(ではなく、忘れていた。1作目の映画評を読み返してみたら、言及していた)。個人的には大好きなあの佳作を撮った監督がなぜ、この程度の脚本しか書けないのか。オリジナルではない脚色の難しさというのは確かにあるのだろうが、あまりと言えばあまりな出来である。対抗試合はあっさりすませてハリーとヴォルデモートの対決をあくまでもメインに置いて書くべきだった。

ヴォルデモートを演じるのはレイフ・ファインズ。鼻のつぶれたメイクでハンサムなファインズにはとても見えない。次作以降、出番も多くなるのだろうからこその演技派のキャスティングなのだろう。その次作「不死鳥の騎士団」を成功させたいなら、まず脚本をじっくり書かせたうえで、ファンタジーに理解のある監督を選んで欲しいものだ。上映時間も2時間以内に収めることを切に望む。その方が絶対に引き締まった印象になる。そうしないと、このシリーズは所詮子供向けの大味なシリーズということになってしまうだろう。

【データ】2005年 アメリカ 2時間37分 配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:マイク・ニューウェル 製作:デヴィッド・ヘイマン 製作総指揮:デヴィッド・バロン 原作:J・K・ローリング 脚色:スティーブ・グローブス 撮影:ロジャー・ブラット 美術:スチュアート・クレイグ 音楽:パトリック・ドイル 主題歌:ジョン・ウィリアムズ 視覚効果監修:パトリック・ドイル 衣装:ジェイニー・ディーマイム
出演:ダニエル・ラドクリフ ルパート・グリント エマ・ワトソン トム・フェルトン スタニスラフ・アイエネフスキー ケイティ・ラング マシュー・ルイス ロバート・パティンソン クレマンス・ポエジー ロビー・コルトレーン レイフ・ファインズ マイケル・ガンボン ブレンダン・グリーソン ジェイソン・アイザックス ゲイリー・オールドマン アラン・リックマン マギー・スミス ティモシー・スポール ペジャ・ビヤラク フランシス・デ・ラ・トゥーア ロジャー・ロイド・バック ミランダ・リチャードソン デヴィッド・テナント

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親切なクムジャさん

Sympathy for Lady Vengeance

「親切なクムジャさん」パンフレットパク・チャヌク監督の復讐3部作の最終作。第1作「復讐者に憐れみを」は見ていないが、第2作「オールド・ボーイ」よりもさらにブラックな笑いの要素が増えて、コメディに近くなっている。今回は初めて女優(イ・ヨンエ)が主役を務める。誘拐殺人の無実の罪を着せられ、刑務所に13年間服役した女が罪を着せた男(「オールド・ボーイ」のチェ・ミンシク)に復讐する話。主人公はけがを負わされたわけでも肉親を殺されたわけでもないので、復讐の念としては強さに欠けるし、復讐相手のスケールが小さいなと思っていたら、終盤にもっとひどい男であることが分かる。それを受けたクライマックスのシーンはアガサ・クリスティの某作品を思わせるシチュエーション(パンフレットで滝本誠も指摘していた)であり、クリスティが描かなかったことを詳細に描くとこういうブラックな味わいにもなるのだろう。イ・ヨンエの生真面目な演技と美しいメロディの音楽に騙されそうになるが、あまり深刻に受け取らず、クスクス笑いながら見るのが正しいのだと思う。だいたい、イ・ヨンエの演技のさせ方自体にミスマッチを狙ったフシがある。刑務所の中でヒロインが「先輩もご飯をたくさん食べて、薬もたくさん飲んで…早く死んでね」と言うシーンやクライマックスの斧のシーン、時折挟まれるナレーションなどにブラック・ユーモアが弾けている。逆に言えば、こうした笑いを取るためにヒロインの境遇を不幸のどん底にはしなかったのではないか。そこまで考えて作ったブラックな映画なのだと思う。

映画は主人公のクムジャ(イ・ヨンエ)が刑務所を出所する場面から始まる。刑務所の中でクムジャは北朝鮮の年老いた女スパイの世話をしたり、いじめられた囚人仲間のためにいじめた相手に仕返しをしてやったりして、いつも笑顔の“親切なクムジャさん”と呼ばれていた。しかし、それは自分を刑務所に入れた男への復讐のためだった。囚人仲間に親切にすることで多くの協力者を作ったクムジャは出所するとすぐに復讐の準備に取りかかる。クムジャは13年前、ウォンモという少年を誘拐して殺した罪で捕まった。それは高校時代に妊娠したクムジャが助けを求めた英語講師のペク(チェ・ミンシク)の仕業だった。ペクはクムジャの生まれたばかりの子供を誘拐し、誘拐殺人の罪をかぶらなければ子供を殺すと脅迫したのだ。クムジャは復讐計画の一環で、刑務所仲間をペクの妻にしていた。ついにペクを捕らえたクムジャは山奥の廃校に連れて行く。そこでペクの他の悪行が明らかになる。

クムジャの行動の根底には誘拐されたウォンモ少年を助けられなかった自責の念があり、贖罪の意識も働いている。だから刑務所を出所後、ウォンモの両親の家へ行き、自分の指を切断する。ここも笑えるシーンになっており、「10本すべて切断しようとしたが、ウォンモの両親に止められた」とナレーションが入る上に、ウォンモの母親はクムジャの行動に真っ青になって気を失い、一緒に救急車で病院へ運ばれることになるのだ。オーストラリアに養女に出されていた自分の娘を迎えに行くシーンでの相手夫婦の描き方なども素直におかしい。血みどろのグロいシーンと笑いを織り交ぜたパク・チャヌクの演出は確信犯だなと思う。

ところが、パンフレットのインタビューを読んでみたら、主人公の復讐の動機が弱い点について、パク・チャヌクは「あえて弱い動機にしたわけですが、それは復讐を私的な恨みではなく、論理的にしたかったからです」と語っている。私的な復讐ではなく、社会の復讐。凶悪犯人を警察に渡すべきか、自分の手で裁きを下すか。それがこの映画の重要なテーマなのだという。私的な復讐はテロに通じるというパク・チャヌクの言葉はしかし、この映画では十分にテーマとして昇華していないように思う。これは後付けの理由ではないのか。もしそうしたテーマの映画にしたいのならば、クムジャ自身を強い復讐の念を持つ立場に置いた方が良かっただろう。主人公をクライマックスで傍観者的立場に置くことは、そうしたテーマを描く上では間違いである。

思えば、出世作となった「JSA」でも、パク・チャヌクは南北分断のテーマよりも細部の描写に才能を見せていた。本質的にテーマ主義の監督ではなく、エンタテインメントの監督なのである。パク・チャヌク、もしかして自分でそれに気づいていないのか。

【データ】2005年 韓国 1時間54分 配給:東芝エンタテインメント
監督:パク・チャヌク 製作:イ・テホン チョ・ヨンウク 脚本:チョン・ソギョン パク・チャヌク 撮影:チョン・ジョンフン 音楽:チョ・ヨンウク 衣装:チョ・サンギョン
出演:イ・ヨンエ チェ・ミンシク クォン・イェヨン キム・シフ ナム・イル キム・ビョンオク オ・ダルス イ・スンシン キム・ブソン ラ・ミラン コ・スヒ ソ・ヨンジェ キム・ジング オ・グァンノク イ・デヨン イム・スギョン ハン・ジェドウ リュ・スンワン

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エリザベスタウン

Elizabethtown

「エリザベスタウン」パンフレット「あの頃ペニー・レインと」「バニラ・スカイ」のキャメロン・クロウ監督によるヒューマンなドラマ。仕事に大失敗して自殺しようとしていた青年が父親の故郷ケンタッキー州エリザベスタウンに行き、生きる力を取り戻す。そういう再生の話は大好きなので、好意的に見ることができた。キャメロン・クロウが得意とする音楽の引用はドラマへの集中を削ぐ部分もあって、僕には余計に感じられたが、音楽自体が悪いわけではなく、所々に音楽とマッチした素晴らしいショットはある。

逆に父親の葬儀でスーザン・サランドンが「ムーン・リバー」に合わせて急に始めるタップダンスなどはうまくもないのに延々と見せる意味が分からない。クロウとしては映画全体をウェルメイドに作るつもりだったのだろうが、このシーンが象徴するようにどこかアンバランスな部分が残る。主演のオーランド・ブルームは「キングダム・オブ・ヘブン」のような大作では頼りなく感じるが、そうした線の細さがこの役柄には合っていると思う。特筆すべきは相手役のキルスティン・ダンストで、お節介でおしゃべりな客室乗務員役を実に魅力的に演じている。これはキャラクター造型の成功で、この映画、決して一般的な美人とは言えないダンストの好感度で持っているようなものだ。

9億7200万ドル(約1,000億円)。たった一足の靴の失敗でそんなに損失が出るものかと思うが、主人公のドリュー(オーランド・ブルーム)はとにかく会社にそれだけの損失を招く大失敗をする。社長(アレック・ボールドウィン)から首を言い渡され、失意の自殺をしようとしていたところに妹(ジュディ・グリア)から父の死の知らせが入る。父親はエリザベスタウンの親戚の家で急死したのだ。ドリューは自殺を中断して、遺体を引き取りに行くことになる。

夜間飛行の乗客の少ない飛行機の中で客室乗務員のクレア(キルスティン・ダンスト)が一方的に話しかけてくる。人の良さそうなクレアはホテルのクーポンとエリザベスタウンまでの地図と携帯電話の番号を書いた紙をくれる。エリザベスタウンに着いたドリューは町の人たちから歓迎を受ける。大企業に就職したドリューは町の出世頭なのだ。ドリューはチェックインしたホテルで、寂しさから妹、恋人のエレン(ジェシカ・ビール)、クレアに電話するが、いずれも不在。しばらくして3人から次々に電話がかかってくる。エレンは大失敗したドリューに冷たく別れを告げる。ドリューはクレアと一晩中、話し続けることになり、夜明けにお互いの車を走らせて再会を果たす。

お互いに恋人がいて、穴埋めとして付き合い始めた2人が徐々に心を通わせる描写がいい。終盤、クレアが「魔法の地図」として渡した地図に沿って、ドリューがアメリカの各地を訪ねるシーンはクロウの音楽の趣味があふれた場面だが、ここでクレアは「5分間、悲嘆にくれたら、忘れて前に進んで」と言う。映画が最後に用意しているのも「命」の大切さ。さまざまな不備が目に付くのは残念だが、成功や失敗ではなく、生きることそのものが大事という訴えを心地よく見せてくれる映画だと思う。たくさん流れた歌の中では予告編でも使われたエルトン・ジョン「父の銃」が印象に残る。

【データ】2005年 アメリカ 2時間3分 配給:UIP
監督:キャメロン・クロウ 製作総指揮:ドナルド・J・リー・Jr 製作:キャメロン・クロウ トム・クルーズ ポーラ・ワグナー 脚本:キャメロン・クロウ 撮影:ジョン・トール プロダクション・デザイナー:クレイ・A・グリフィス 衣装:ナンシー・スタイナー 音楽:ナンシー・ウィルソン
出演:オーランド・ブルーム キルスティン・ダンスト スーザン・サランドン アレック・ボールドウィン ブルース・マッギル ジュディ・グリア ジェシカ・ビール

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Mr. & Mrs. スミス

Mr. & Mrs. Smith

「Mr. & Mrs. スミス」パンフレット危険な職業を持ち、敵対する組織にいる男女の結婚と言えば、「スパイキッズ」の両親もそうだったが、こちらは凄腕の殺し屋であることをお互いに隠して結婚した夫婦の話。結婚して5、6年目、やや熱が冷めた段階でお互いの秘密が分かり、所属する組織からそれぞれ48時間以内に相手を殺すよう命じられる。ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリーの魅力で見せる映画で、その点に関しては十分満足したが、話は簡単なものだし、アクション場面にもオリジナリティが乏しい。カーチェイス場面などは「アイランド」「マトリックス リローデッド」には到底及ばない。ユーモアが絡むとアクション場面は単なる見せ物に落ちてしまうものだが、この映画も例外ではなかった。以前よくあった破壊に次ぐ破壊で笑いを取るB級コメディを思い出してしまった。監督は「ボーン・アイデンティティー」のダグ・リーマン。この人は大がかりなアクションよりも格闘場面などの方が得意なのではないか。リーマンが「ボーン・スプレマシー」の監督をポール・グリーングラスに譲ったのはこの作品に入っていたためという。こっちよりも「スプレマシー」を監督した方が良かったと思う。

ジョンとジェーンのスミス夫妻はコロンビアで知り合い、お互いに殺し屋であることを秘密にしたまま結婚した。それから5、6年(結婚カウンセラーに対してピットが5年と言うと、ジョリーが6年と訂正する)、同じ標的を狙ったことから秘密が明らかになってしまう。元々、2人が所属する組織はライバル関係にあり、それぞれの組織は相手を48時間以内に抹殺するよう命令する。そして2人は壮絶な戦いに突入することになる。

プロットとしてはこれだけのものである。脚本を書いたサイモン・キンバーグ(「X-MEN3」の脚本にも参加している)はアクションを柱に物語を組み立てていったというが、組み立てるほどの話ではない。キンバーグは「トリプルX」の続編「トリプルX ネクスト・レベル」(2005年、リー・タマホリ監督、未公開)で脚本家デビューしてこれが2作目。この脚本、元々はコロンビア大学修士課程で書いたものという。習作レベルの脚本で、細部に工夫がないのはそのためのようだ。プロダクションノートを読むと、キンバーグはこう語っている。「ミュージカルでは、登場人物の愛情や葛藤、興奮が高まると、通常の台詞での表現を超えて、その高まりが歌と合わさることで感情が爆発する。ジョンとジェーンの場合は、銃撃で感情が爆発し、そのことでふたりの関係性が明らかになっていくんだ」。ミュージカルの部分に関してはまったく正しい。それをアクション映画に置き換える際にうまくいかなかったようだ。頭で分かっていても実力が伴わずに失敗することはよくある。

リーマンの演出も標準的なもので、アクション映画として特に新しい部分はない。それでもそこそこに楽しめるのはアンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットのお陰だろう。特にアンジェリーナ・ジョリーの色っぽさが良い。ジョリーは自分の魅力がどういう部分にあるのかをよく知っているのだと思う。

【データ】2005年 アメリカ 1時間58分 配給:東宝東和
監督:ダグ・リーマン 製作総指揮:エリック・フェイグ 製作:アーノン・ミルチャン アキバ・ゴールズマン ルーカス・フォスター パトリック・ワックスバーガー エリック・マクレオド 脚本:サイモン・キンバーグ 撮影:ボジョン・バゼッリ プロダクション・デザイナー:ジェフ・マン 衣装:マイケル・カプラン 音楽監修:ジュリアンヌ・ジョーダン 音楽:ジョン・パウエル
出演:ブラッド・ピット アンジェリーナ・ジョリー アダム・ブロディ ケリー・ワシントン ヴィンス・ヴォーン

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