エントラップメント

ENTRAPMENT

エントラップメント「エントラップメント」のタイトル通り、観客にも罠を仕掛けてくる。さすがロン・バスの脚本、と言いたいところだが、極めて常識的で意外性は少ない。それでもそこそこ楽しめるのはやはりショーン・コネリーの渋い存在があるからだろう。相手役、というかほとんど主役のキャサリン・ゼタ=ジョーンズの大人のお色気も二重丸。水準には十分達している。

ニューヨークでレンブラントの名画が盗まれる。保険会社の調査員ジン(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)は美術専門の大泥棒マック(ショーン・コネリー)の仕業であると見抜き、マックに接近して逮捕のため罠にはめようと図る。ジンは自分も泥棒だと偽り、中国の黄金マスクを盗む計画を持ちかける。綿密な計画と訓練で盗みは成功。しかし、ジンはここで自分の本当の計画を打ち明ける。ターゲットはニューヨークに本拠を置くICB銀行。ジンは以前から、東南アジアの資金が集中するそのマレーシア支店を狙い、80億ドルを盗もうとしていたのだ。同支店は2000年問題の調整のため2000年1月1日午前0時から30秒間だけ、コンピューターをストップさせる。その間にコンピューターを操作して、自分の口座に振り込ませようという計画。厳しい警備の網をくぐり抜け、2人は計画を達成するが、ちょっとしたことで警報装置が鳴り出す。監視カメラが至るところにある超高層ハイテクビルで2人の必死の逃亡劇が始まる。

派手な作りなので、見ている間は騙されるが、よくよく考えてみると、2000年問題の調整を2000年になってからやるような一流銀行はないだろう。このほか脚本にアラは少なくない。僕は例えば、ジョーンズが相当な悪女で、ローレンス・カスダン「白いドレスの女」のような展開にするのも悪くないと思う。ただ、そこがハリウッド映画の限界で(「白いドレスの女」もハリウッド映画だが…)、観客に不快感を与えるような作りにはなっていない。これではメジャーとしては成功するだろうが、マニアを納得させる映画にはならない。とりあえずの良くできた娯楽映画なんである。

それでも見て損をした気持ちにならないのは、キャサリン・ゼタ=ジョーンズがいるからだ。ややジャクリーン・スミスを思わせるスタイル抜群のこの女優、前作「マスク・オブ・ゾロ」よりもこれでブレイクしたようだ。今年既に30歳だけれど、これからまだまだ成長すると見た。映画の土台を支えるのがショーン・コネリーの役目なら、ジョーンズは映画の華やかさを一身に背負っている。

【データ】1999年アメリカ映画 1時間53分 20世紀フォックス配給
監督 ジョン・アミエル 脚本 ロン・バス/ウィリアム・プロイルズ 音楽 クリストファー・ヤング 撮影:フィル・メイフュー
 出演 ショーン・コネリー キャサリン・ゼタ=ジョーンズ ビング・レイムス ウィル・パットン

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メッセンジャー

メッセンジャー「波の数だけ抱きしめて」以来8年ぶりのホイチョイ・プロ作品。馬場康夫監督には恐らく期するところがあったのだろう。処女作「私をスキーに連れてって」を思わせる、さわやかな映画に仕上がった。ドラマの伏線をきちんと張った戸田山雅司の脚本もいいが、至る所に映画的な小技をちりばめた馬場監督の演出は見事。ラストの心憎いストップモーションまで一気に見せてくれる。映画の中で“レースクイーン上がりみたいなオバサン”と形容される映画初主演の飯島直子も機関銃のような早口と軽快な演技を見せ、快調そのものだ。彼女の魅力をこれほど引き出した作品は今までになく、代表作になったと思う。

冒頭の長いワンカットが監督の意気込みを宣言している。カメラは一人の女性を追いかけてビルの中に入る。中ではイタリアの有名ブランドのプレスを任されている清水尚美(飯島直子)が昼間からシャンペンを飲んでいる。尚美は安宅物産の専務岡野(別所哲也)の計らいでマンションも車も会社から支給され、優雅な生活を送っていた。しかし、その有名ブランドが倒産。会社からすべての資産を没収される。間の悪いことに、身ぐるみはがされたその日、自転車の男・横田(矢部浩之)と交通事故を起こし、示談の条件として仕事を手伝わされる羽目になる。横田は友人の鈴木(草なぎ剛)と2人だけで、小さなメッセンジャー(自転車便)TOKYO EXPRESSを営んでいた。鈴木はまったく無愛想な男。おまけに1日走り回って5000円にもならないハードな仕事に尚美はうんざりするが、徐々に仕事と鈴木に興味を持つようになる。

尚美が考えを一変させるきっかけとして描かれる横田と恋人の由美子(京野ことみ)のエピソードがいい。故郷の長野に帰るという由美子に渡して欲しいと、尚美は横田から封筒を預かる。しかし、尚美がバス停に着いたとき、バスは発車したところだった。「ま、しょうがないか」。尚美があきらめかけたとき、封筒から電話の呼び出し音が鳴り響く。何かのメッセージを伝えたいのに違いないと、尚美は必死でバスを追いかけるのだ。尚美から封筒を渡された由美子は、電話で横田と話し、最高の泣き笑いを見せてくれる。京野ことみ、うまい。尚美と観客を納得させるのに十分な演技と思う。

TOKYO EXPRESSは尚美と鈴木のほか、由美子と巡査を定年退職した島野(加山雄三)、バイク便を首になった服部(青木伸輔)も加わり、安宅物産の仕事も請け負って順調に伸びていくが、尚美にプレスの仕事に戻るよう誘いがかかる。さらに仕事を巡って、500人のスタッフを抱えるバイク便と配達の速さを競うことになる。

戸田山雅司の脚本はプロットで22稿、完全な形で25稿を費やしたそうだ。自転車便という着眼の良さもさることながら、伏線やアイデアがいっぱいつめこんである。笑って笑って、ちょっぴり感動させて、最後はハッピーな気分になれるエンターテインメントの王道を行く作り。「汗を流して働く仕事がいいんだよ」、という声高なメッセージではないが、根底にあるのはそんな視点であり、それを馬場康夫はさらりと軽いタッチで映画化した。洗練された傑作。必見。

【データ】1999年 東宝配給 1時間58分
監督:馬場康夫 脚本:戸田山雅司 主題歌:久保田利伸 撮影:長谷川元吉 音楽:本間勇輔
出演:飯島直子 草なぎ剛 京野ことみ 加山雄三 別所哲也 青木伸輔 矢部浩之

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エリザベス

ELIZABETH

「エリザベス」パンフレットジェフリー・ラッシュとジョセフ・ファインズが出演し、イギリスのコスチュームプレイとくれば、「恋におちたシェイクスピア」を思い出さずにはいられない。だが、この「エリザベス」、軟派なラブストーリー「…シェイクスピア」とは違い、ガッチガチの硬派な映画である。冒頭の残酷な火あぶりのシーンをはじめ、画面は終始、緊張感にあふれ、息つく暇もない2時間4分。今年のアカデミー賞(7部門ノミネート、メイクアップ賞のみ受賞)で「…シェイクスピア」に敗れたのは、あちらが分かりやすい大衆性を備えていたからで、この作品が劣っているわけでは決してない。

16世紀のイングランド。カトリックとプロテスタントの間で熾烈な争いが続き、国は2つに分裂していた。エリザベス(ケイト・ブランシェット)は国王ヘンリー8世の私生児として生まれ、今の女王メアリーは異母姉に当たる。プロテスタントを信奉するエリザベスはカトリックが多い閣僚たちの陰謀でロンドン塔に幽閉されるが、姉の死によって女王の座に就くことになる。エリザベスが女王にいてはカトリック派の衰退は必至。このためカトリック派の議員や聖職者らはローマ法王の後押しも得て、エリザベスの失脚を狙う。さらにスコットランド、スペイン、フランスなどとの争いも絡み、エリザベスは絶えず命の危険にさらされることになる。

最初は幼なじみロバート・ダドリー(ジョセフ・ファインズ)との恋に生きる、か弱い女性として登場したエリザベスが陰謀に巻き込まれていくうちにたくましい女王へと変わっていく。その変貌をケイト・ブランシェットは説得力ある演技で見せる。キャリアの浅い女優とは思えない貫禄。脇を固めるジェフリー・ラッシュやリチャード・アッテンボローも映画に重厚感を与えている。この映画、俳優たちの演技がみな素晴らしい。さらに登場人物たちの衣装や美術も絢爛豪華。インド出身の監督シェカール・カプール(「女盗賊プーラン」)は正攻法の演出でこうした素材を縦横にうまく組み立て、間然とするところがない。

ただ、こうした重厚な映画な割には、ストーリーが現実を端折り過ぎているような気がする。もっと細かく、もっと詳細にエリザベスの生涯を見たくなる。3時間はあってもおかしくなかった。

【データ】1998年 イギリス映画 2時間4分
監督:シェカール・カプール  脚本:マイケル・ハースト 音楽:デヴッィド・ハーシュフェルダー 撮影:レミ・エイドファラシン
出演:ケイト・ブランシェット ジェフリー・ラッシュ クリストファー・エクルストン ジョセフ・ファインズ リチャード・アッテンボロー ファニー・アルダン ジョン・ギールグッド

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ブレイド

BLADE

ヴァンパイア・ハンターと世界征服を企む吸血鬼たちとの戦いを描くSFアクション。ただしこの映画、徹底した香港製アクションを取り入れたところに大きな特徴がある。クライマックス、主人公ブレイド(ウェズリー・スナイプス)がバンパイア化してからの形相やアクションは「燃えよドラゴン」ブルース・リーの影響がありありだ。ジョン・ウーやジャッキー・チェンら香港映画人のハリウッド進出が数年前から続いているが、ハリウッドの方でも世界最高レベルの香港アクション技術を本格的に取り込み始めたようだ。これは「燃えよドラゴン」公開時にその皮相的なコピーがあふれたのとは事情が異なる。完全に血肉化しているのである。

ブレイドは妊娠中の母親が吸血鬼に襲われたため、人間と吸血鬼の両方の特徴を備え、吸血鬼のように不死身だが、昼間も外を歩ける。母親を殺した吸血鬼を憎んでおり、仲間のウィスラー(クリス・クリストファーソン)とともに吸血鬼狩りを行っている。吸血鬼の世界は純血種が支配し、社会の陰でひっそりと、しかし大量に暮らしていたが、従属吸血鬼のフロスト(スティーブン・ドーフ)は古代書にある伝説の神マルガを復活させ、世界を支配しようと企む。マルガを復活させる儀式には純血種の生け贄と混血の血が必要。フロストはブレイドを狙い、次々に攻撃を仕掛ける。

ブレイドの武器は名前通りの刀と銀の弾丸。SFXを絡めたアクションがさえわたっており、冒頭の血のシャワーの場面から見ごたえのある場面が続く。特にフロストとの対決場面は手に汗握る。ウェズリー・スナイプスは体の動きにキレがあり、これまでのB級イメージを払拭した印象が強い。これはスナイプスの「ターミネーター」になったと思う。

純血吸血鬼のリーダー役を「処女の生き血」の哀れな吸血鬼ウド・キアーが演じているのは遊び心か。監督のスティーブン・ノーリントンについては良く知らないが、脚本は「ダークシティ」のデイビッド・S・ゴイヤー。なるほど、主人公が裏社会の巨悪と闘うという物語の構図はあのSF映画によく似ている。

【データ】1998年 アメリカ映画 2時間1分
監督:スティーブン・ノーリントン 脚本:デイビッド・S・ゴイヤー 音楽:マーク・アイシャム 撮影:テオ・ヴァン
出演:ウェズリー・スナイプス クリス・クリストファーソン Nブッシュ・ライト ウド・キアー スティーブン・ドーフ

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マトリックス

MATRIX

マトリックススタイリッシュなSFアクション。と、見る前は予想していた。しかししかし、単にスタイリッシュなだけではない。根本にあるアイデアがしっかりしているし、これは本格SFとしても十分通る出来である。絶望的な現実世界とサイバースペースを舞台に、「ブレイド」のようなカンフーアクションと「ブレードランナー」のような世界観と「ダークシティ」のような悪夢が繰り広げられる。「攻殻機動隊」など日本のアニメーションの設定までも取り入れて、これはもうSF映画のアイデア集大成。しかも、めっぽう面白い。まさか、これほどまでの映画とは思ってもいなかった。「2001年宇宙の旅」「スター・ウォーズ」「ブレードランナー」に比肩するSF映画のマイルストーンであり、金字塔。傑作。必見。今年のベスト。

「考えるな。無心で打て」。モーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)のこのセリフを聞いて、「考えるな。肌でつかめ」を思い出さなかったら、アクション映画ファンとしてはまず失格だろう。言うまでもなく、後者のセリフはブルース・リーが「燃えよドラゴン」の冒頭で少年に対して言う言葉だ。「マトリックス」はそんな風に香港映画の影響が色濃くある。というよりは積極的に香港アクションを取り入れており、「酔拳」のユアン・ウー・ピンを招いてアクションを監修させているのだから、カンフーも本格的なわけである。そして香港映画得意のワイヤーアクションも本場をしのぐほどたくさん登場してくる。トリニティ(キャリー=アン・モス)が飛び上がったところをカメラがグルリと回転してスローモーションで映す場面やビルからビルへと大ジャンプする場面など、そのかっこよさといったらない。「ブレイド」の評でも書いたけれど、香港映画はアメリカ映画に深く深く浸透してきたようだ。

SF的な評価で言うなら、ここまで絶望的な未来世界(ディストピア)は極めて珍しい。人類はコンピューター(AI)に敗れて奴隷になっており、単なるエネルギー源になりはてている。機械が反乱を起こし、戦争が続く「ターミネーター」などよりも残酷で厳しい。人類はコンピューターが作った仮想現実のなかで、それを知らぬまま生かされているのだ。主人公のネオ(キアヌ・リーブス)もまた、ソフトウエア会社に勤める自分の生活に何の疑いも抱いていなかった。しかし、ある日、パソコンの画面に謎の文字が浮かび上がる。「白ウサギについていって」。そこからネオは現実世界に目覚めることになるのだ。

「流れよわが涙、と警官は言った」などフィリップ・K・ディックの一連の作品を僕は思い出してしまった。自分が現実と思っていた世界が揺らぎ、本当の世界が姿を見せてくる。そんな世界観のゆらめきをウォシャウスキー兄弟は見事に描き出した。本物とシミュレイクラ(偽物)…。世界の構築という点で「ブレードランナー」を比較に出したのだったが、考えてみれば、「ブレードランナー」(「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」)もまたディック原作だったではないか。

パンフレットにサイバーパンクの創始者ウィリアム・ギブスンが好意的な文章を寄せている。ギブスン原作で、同じキアヌ・リーブス主演で作られた「JM」の退屈さは主にビジュアルイメージの貧困さからくる世界観の構築の弱さが主因だったように思う。あれ、ストーリー自体は決して悪くなかったのだ。「マトリックス」は現実世界や人が入れられるポッド、AIの攻撃ロボットなどのコンセプトデザインを手がけたジェフ・ダローが非常にいい仕事をしている。「エイリアン」のH・R・ギーガーと同じくらいの出来であり、世界の構築に成功したのはダローの存在も大きかったようだ。よく言われるように「SFは絵」なのである。

ラスト、ネオはスーパーヒーローとして再生する。この映画の唯一の欠点はなぜ、救世主がネオだったのか、まったく説明されていない点だ。それは今後作られる予定の続編で解き明かされていくのだろうか。

【データ】1999年 アメリカ映画 2時間16分
 監督・脚本:アンディ&ラリィ・ウォシャウスキー兄弟 製作:ジョエル・シルバー 音楽:ドン・デイビス 撮影:ビル・ポープ 視覚効果監修:ジョン・ゲイター
 出演:キアヌ・リーブス ローレンス・フィッシュバーン キャリー=アン・モス ヒューゴ・ウイービング グローリア・フォスター

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