007 ダイ・アナザー・デイ

「007 ダイ・アナザー・デイ」パンフレット裏表紙タイトル前に大がかりなアクションを見せるのは007の伝統で、今回も火薬の量はタップリ。その舞台が北朝鮮、敵役も北朝鮮のワル(北朝鮮がワルなのではない。アメリカに留学して悪い考えに染まったという設定で、このあたり、脚本の配慮を感じる)というのが時流を反映している。40周年、20作目の007。監督のリー・タマホリは、簡単なプロットをアクションでつなぐというこれまた007の伝統に沿った演出で、まずまずの作品に仕上げた。NSA諜報員役のハル・ベリーのセクシーさや、敵役のトビー・スティーブンス、リック・ユーンの面構えもよい。40周年らしく、過去のシリーズ作品を彷彿させる秘密兵器や設定も出てきて楽しい。ただ、話は「ダイヤモンドは永遠に」を思わせるし、ボンドが拷問を受けるシーンは前作「ワールド・イズ・ノット・イナフ」にもあった。ハル・ベリーの活躍は「トゥモロー・ネバー・ダイ」のミシェル・ヨーのアクションには及ばない。20作目ともなると、新機軸を出すのもなかなか難しいのだろう。

北朝鮮の危険人物ムーン大佐を暗殺するため、ジェームズ・ボンド(ピアース・ブロスナン)ら3人がサーフボードで侵入する。ボンドは正体を見破られるが、鞄に仕掛けた爆弾を爆発させ、逃げたムーン大佐を追う。このホバークラフトを使ったアクションが見せる。ムーン大佐は崖下に落ちて死亡。ボンドは大佐の父親の将軍に捕まり、拷問を受ける。ここまでがちょっと長いタイトル前の部分。拷問シーンにマドンナの歌を重ねたきれいなタイトルが終わると、映画はいきなり14カ月後。ボンドはムーン大佐の補佐だったザオ(リック・ユーン)との捕虜交換で解放される。しかし、情報を漏らした疑いがかけられ、M(ジュディ・デンチ)は諜報員の資格を剥奪する。ボンドはザオを捕らえようと、キューバに向かい、謎の美女ジンクス(ハル・ベリー)に出会う。ザオはアイスランドのダイヤモンド王グスタフ・グレーブス(トビー・スティーブンス)と組んでいるらしい。背後の陰謀を暴くため、ボンドはジンクスと協力して2人の身辺を調べ始める。

考えてみると、諜報員の資格剥奪というのは「消されたライセンス」なのだった。007シリーズは第10作「私を愛したスパイ」でもシリーズ総集編みたいな作りにしていたが、今回も節目の作品であることを意識したようだ。僕はジャッキー・チェンやジェット・リーのような肉体を駆使したアクションが好きだが、このシリーズのようにスペクタクルなアクションも悪くないと思う(アクション監督は今回もヴィク・アームストロング)。問題は話の設定で、明確な悪役を設定しにくく、1人の諜報員の活躍が世界を救うという話にリアリティのかけらもないことが同じような印象の作品ばかりになってしまう原因なのだろう。いくら時代に即した題材を盛り込んでも、この基本設定ではファンタジーにならざるを得ない。007シリーズが大がかりなアクション中心なのはそういうシリーズの制約があるからでもある。製作者たちは何をどう語るかよりも、どう見せるかに力を注ぐことになるわけだ。それは一定の成果を挙げており、話の新機軸はなくてもアクションの新機軸はこのシリーズからたくさん生まれてきた。

この映画、昨年のアカデミー賞で明暗を分けたハル・ベリーとジュディ・デンチの共演作でもある。ハル・ベリーは主演女優賞受賞後第1作で、パンフレットでもキネ旬でも「なぜボンド・ガールに」と問われて「それが私には普通のこと」と言っている。個人的には「チョコレート」のハル・ベリーの方が美しいと思ったし、好きなのだが、こういう単純な娯楽映画にも出続けてほしいものだ。

【データ】2002年 イギリス 2時間13分 配給:20世紀フォックス
監督:リー・タマホリ 製作総指揮:アンソニー・ウェイ 製作:マイケル・G・ウィルソン バーバラ・ブロッコリ 共同製作:カラム・マクドゥーガル 脚本:ニール・バーヴィス ロバート・ウェイド 音楽:デヴィッド・アーノルド 主題歌:マドンナ「ダイ・アナザー・デイ」 プロダクション・デザイン:ピーター・ラモント 撮影:デヴィッド・タッターソル 衣装デザイン:リンディ・ヘミング 第2班監督&スタント・コーディネイター:ヴィク・アームストロング メインタイトル・デザイン:ダニー・クラインマン
出演:ピアース・ブロスナン ハル・ベリー トビー・スティーブンス ロザムンド・パイク リック・ユーン ジュディ・デンチ ジョン・クリース マイケル・マドセン ウィル・ユン・リー ケネス・ツァン エミリオ・エチェヴァリア マイケル・ゴアヴォイ ローレンス・マコール コリン・サルモン サマンサ・ボンド

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キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

Catch Me If You Can

「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」パンフレット「2匹のネズミがクリームの缶の中に落ちた。1匹はすぐにあきらめて溺れ死んでしまった。もう1匹は必死に手足を動かしてもがいているうちにクリームがバターになり、缶から出ることができた」

冒頭、主人公の父親が地元名士の集まりで披露した小話。そして父親は「必死にもがく2番目のネズミが自分だ」と自己紹介する。父親を演じる老けたクリストファー・ウォーケンがいい。この映画、高校生の詐欺師(レオナルド・ディカプリオ)とそれを追うFBI捜査官(トム・ハンクス)の話なのだが、根底に父親と息子の絆をしっかりと描いてある。最近のスピルバーグ映画では描写の暗さ、残酷さに閉口した「A.I.」や「マイノリティ・リポート」と違って、ユーモラスで明るいタッチが快い。60年代の風俗、ファッションが忠実に再現され、ジョン・ウィリアムスの音楽も軽快。ちょっと長いのが欠点だが、レオナルド・ディカプリオの年齢設定ぎりぎりの好演とトム・ハンクスの余裕の演技が加わって楽しめる映画に仕上がっている。

タイトルに流れるアニメーションから60年代風を意識したようだ。フランク・アバグネイルJr(レオナルド・ディカプリオ)は事業家の父親とフランス人の母親(ナタリー・バイ)との幸福な家庭で育ったが、父が脱税容疑を受け、事業は失敗。郊外にある家から街中の狭いアパートに引っ越す。母親は愛人を作って離婚。家出したフランクはパンナムのパイロットの制服を利用し、小切手詐欺を次々に成功させるようになる。FBIの捜査官カール・ハンラティ(トム・ハンクス)は地道な捜査で着実にフランクを追い詰めてゆく。

原作は実話。主人公がパイロットや弁護士になるのは人が制服や地位に騙されやすいからにほかならない。スピルバーグの演出は頑張っていて、数々のエピソードをテキパキと見せていくのだが、短いエピソードばかりなので、「スティング」のようなコンゲーム的な面白さには欠ける。父と息子のテーマは意外に重たいため(というか、ウォーケンの演技も重い)、軽妙にまとめるには至らなかった。たぶん、映画には真面目なドラマがなくてはと、スピルバーグは思っているのだろう。再び始めた事業にも失敗し、風采の上がらないウォーケンには捨てがたい魅力があるものの、やはりこれは軽快に徹して作る映画だったのではないかと思う。ラスト近く、主人公がFBIを逃げ出して帰ってくる描写など回りくどさを感じた。全盛期のビリー・ワイルダーやウィリアム・ワイラーあたりなら、1時間40分程度でもっと洒落た映画に仕上げたのではないかと思ってしまうのは、ないものねだりか。

【データ】2002年 アメリカ 2時間21分 配給UIP
監督:スティーブン・スピルバーグ 製作:ウォルター・F・パークス 製作総指揮:ハリー・ケンプ ローリー・マクドナルド ミシェル・シェーン ロニー・ロマーノ 共同製作総指揮:ダニエル・ルピ 原作:フランク・アバネイル「世界をだました男」(新潮文庫) 脚本:ジョン・ネイサンソン 撮影:ヤヌス・カミンスキー プロダクション・デザイン:ジャニーニ・オッペウォール 衣装:メアリー・ゾフレス 音楽:ジョン・ウィリアムス
出演:レオナルド・ディカプリオ トム・ハンクス クリストファー・ウォーケン マーティン・シーン ナタリー・バイ エイミー・アダムス ジェニファー・ガーナー

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スパイダー 少年は蜘蛛にキスをする

Spider

「スパイダー 少年は蜘蛛にキスをする」チラシ デヴィッド・クローネンバーグの「イグジステンズ」以来3年ぶりの作品。精神分裂病の主人公(レイフ・ファインズ)が過去の母親(ミランダ・リチャードソン)の死を回想する話である。主人公のスパイダーことデニス・クレッグは終始ブツブツつぶやき、ノートにびっしりと何かを書きつづっている。精神病院から出て故郷の町に帰ってきた主人公と過去の出来事とが交互に描かれる。回想の中に現在の主人公が傍観者として登場するのは面白い趣向ではあるが、クローネンバーグの映画としては特に成功もしていない。「裸のランチ」ほどのわけの分からない面白さはなく、ストーリーが分かり易すぎるのである。そうか、そういうことかと納得してしまうようでは何だか面白くない。妙に辻褄が合ってしまっている。作りがエンタテインメントになっているわけでもなく、鮮烈なイメージもなく、あるのはクローネンバーグのジュンブンガク趣味だけということになる。

原作はパトリック・マグラー。脚本もマグラーの手によるものだ。キネマ旬報によると、マグラーは「文学系ホラー作家として人気を博す」とある。この物語の根幹は母親の死の真相で、浮気の現場を見られた父親(ガブリエル・バーン)が衝動的に殺したのかと思ったら、実はという展開にある。加えてここに精神分裂病の症状が絡んでくる。もういくらでも面白くできそうな題材である。真実と思っていたものが違っていたという展開は描写次第では現実と虚構との揺らぎを描くこともできただろう。クローネンバーグも「イグジステンズ」でそういうものを描いていた。しかし、この映画は主人公が列車からフラフラと降りてくる冒頭から主人公の症状を中心に描いていく。残念ながら、これがストーリーと有機的なつながりをしているとは思えない。狂気の人間が現実と空想の区別がつかなくなるのはしょうがないや、と思えてしまうのである。ノートをタンスの引き出しに入れたり、カーペットの下に隠したりの強迫神経症的な描写と物語の核とをもっと結びつける必要があった。単に精神分裂病の男を描いただけの話に終わっていて、プラスアルファの部分がないのは残念だ。

かつてのクローネンバーグは肉体の変容を描く作家だった。初期の「ラビッド」から「スキャナーズ」「ビデオドローム」「ザ・フライ」などはSF的なイメージと話の展開にわくわくしたものだ。これが「戦慄の絆」など精神世界をメインの題材にするようになって、やや難しくなってきた。難しいというのは映画の内容ではなく、演出の方法としてである。肉体の変容が主人公の精神にも影響を及ぼすという話は分かりやすいのだが、精神の変化は視覚的でない分、描写の方法が難しい。最近の作品がどこかマイナーなのはそのためでもある。こういう話ならば、小説で読めば十分と僕は思うし、小説の方がもっと面白くできるだろう。視覚的でないものを選んで無理に映画にしている感じが近年のクローネンバーグにはあり、それは初期のころからのファンとしては残念なところでもある。

当初の脚本には、切ったジャガイモから血が流れるという描写があったが、クローネンバーグは「露骨な見せ方の妄想の世界ではなく、焦点を絞ったリアルなものを」目指すためにカットしたそうだ。ジャガイモから血が流れる場面が一つだけあっても、映画の本質が大きく変わるわけではないが、そういう小さなイメージの積み重ねは映画を決定的に変えていく。イメージを大切にした次作をクローネンバーグには期待したい。

【データ】2002年 フランス=カナダ=イギリス 1時間38分 配給:ブエナ ビスタ インターナショナル
監督:デヴィッド・クローネンバーグ 製作:デヴィッド・クローネンバーグ 原作・脚本:パトリック・マグラー 撮影:ピーター・サシツキー 美術:アンドリュー・サンダース 音楽:ハワード・ショア 衣装:デニース・クローネンバーグ
出演:レイフ・ファインズ ミランダ・リチャードソン ガブリエル・バーン リン・レッドグレーブ ジョン・ネヴィル ブラッドリー・ホール

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デアデビル

Daredevil

「デアデビル」パンフレット派手さがない。話がありきたり。雰囲気が暗い。アメリカン・コミックの盲目のヒーローをベン・アフレック主演で映画化したこの作品、先行する「バットマン」や「スパイダーマン」に比べて大いに地味だ。地味が悪いわけではないが、話の展開もいつかどこかで見たようなものでは面白くなりようがない。禿げ頭のブルズアイを怪演するコリン・ファレルには見どころがあるが、もう一人の悪役キングピン(マイケル・クラーク・ダンカン)も含めて生かしておくのは続編を考えての措置であることが見え見えで、カタルシスを欠く。それ以上にエレクトラ(ジェニファー・ガーナー)をあまり活躍もさせずに殺してしまうとは、監督のマーク・スティーブン・ジョンソン(「サイモン・バーチ」に続く2作目)、いったい何を考えているのか。続編が作られるとしたら、きっとエレクトラは死んでいなかったことにするのだろう(エレクトラをスピンオフした作品の計画もあるらしい)。といっても、ジェニファー・ガーナー、それほど魅力的ではない。スラリと伸びた足はアクションに向いた体型ではあるが、今ひとつ輝くものがないし、やや、とうが立っている。ベン・アフレックはいつものような演技で、俳優人生のプラスになる役柄とは思えないから、続編には出ないのではないか。

主人公のマット・マードックは子どものころ、有毒産廃を浴びて失明するが、視覚以外の感覚が超人的に発達する。ボクサーだった父親を暗黒街の組織に殺されたマットは悪を正すため、体を鍛え、昼は弁護士、夜はデアデビルとして悪人たちを倒していくようになる。ある日、マットは格闘技の達人エレクトラ(ジェニファー・ガーナー)に出会う。エレクトラの父親で海運王のナチオスは企業家のウィルソン・フィスク(マイケル・クラーク・ダンカン)と縁を切りたがっていた。フィスクは実は犯罪王キングピンとして暗黒街を支配しており、ナチオスを殺害。エレクトラはその復讐に燃える。

デアデビルの活動範囲はヘルズキッチンで、世界各地で活躍するスーパーマンなどとは土台スケールが違う。小さな街のヒーローといったところ。超人ではなく、単に体を鍛えているだけだから(バットマンもそうだが、バットマンにはさまざまな秘密兵器がある)、あんなコスチュームは不要なのではないかと思えてくる。普通のヤクザ映画でも通る話なのである。ダークな雰囲気は悪くはないけれど、もう少しオリジナルなものが欲しいところだ。原作自体、当初は人気がなかったという。二番煎じの感が拭えないのは、映画にもそのまま当てはまる。何より、回想でデアデビルの少年時代からを描く脚本には工夫が足りない。ヒューマンな感動作「サイモン・バーチ」から5年。マーク・スティーブン・ジョンソンは映画作りの勘を取り戻せなかったようだ。

【データ】2003年 アメリカ 1時間43分 配給:20世紀フォックス
監督:マーク・スティーブン・ジョンソン 製作:アーノン・ミルチャン ゲイリー・フォスター アヴィ・アラド 製作総指揮:スタン・リー バーニー・ウィリアムス 脚本:マーク・スティーブン・ジョンソン 撮影:エリクソン・コア プロダクション・デザイン:バリー・チューシッド 衣装デザイン:ジェームズ・アチソン 視覚効果スーパーバイザー:リッチ・ソーン 音楽:グレアム・レベル アクション指導:ユエン・チュンヤン
出演:ベン・アフレック ジェニファー・ガーナー マイケル・クラーク・ダンカン コリン・ファレル ジョン・ファヴロー スコット・テラ エレン・ポンピオ ジョー・パントリアーノ リーランド・オーサー レニー・ロフティン デヴィッド・キース

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