ジョゼと虎と魚たち

「ジョゼと虎と魚たち」パンフレット天願大介監督の「AIKI」とは逆に足の不自由な女と大学生との出会いと別れを描いたリアルで切ないラブストーリー。2つのセリフが心に残る。

「壊れもんには壊れもんの分というもんがあるやろ」
「帰れ! 『帰れ』と言われてすぐに帰るようなやつは帰れ!」

前者はジョゼ(池脇千鶴)のおばあ(新屋英子)が言う言葉。後者はジョゼが恒夫(妻夫木聡)に言う言葉。この映画が素晴らしいのはきれい事でも何でもなく、人の本質を突いているセリフや行動が至る所にあるからにほかならない。ジョゼのおばあは歩けないジョゼのことを「壊れもん」と考えている。だから昼間は外に出さず、ジョゼが乳母車で散歩に出るのは早朝だけである。こういう人間に育てられたらたまらないと思う半面、おばあはジョゼのために必ず春には1年分の教科書をゴミ捨て場から持ってきてくれる。おばあの「壊れもん」という言葉よりも健常者の口から言われる「障害者のくせに」という言葉の方がよほど毒を持っている。おばあの「壊れもん」はそれ以上でも以下でもなく、単なる形容なのである。

そのおばあが死んだと聞かされた恒夫はジョゼの家に行き、そこでジョゼから悲痛な話を聞かされる。隣のいやらしいおっちゃんに「乳さわらせたら、ゴミ捨てに行ったる」と言われて乳さわらせたら、毎朝ゴミを捨てに行ってくれるという話。「福祉の人に頼めばいいじゃん!」と言う恒夫に対して「福祉の人が来んのは昼や! 朝の回収には間にあわへんがな!」というジョゼの答えに恒夫は口ごもることになる。そして「帰れ!」と言われて帰ろうとする。

ジョゼはその恒夫の背中をたたきながら、上記のセリフを言い、泣き崩れてしまう。「帰らんとって。ここにおって…ずっと」。

という風に書き始めたらきりがないけれど、この映画の描写やセリフの一つひとつは深い洞察力に満ちている。健常者と障害者のラブストーリーという泣かせどころ満載の話ながら、思わず背筋を伸ばして見ざるを得ないのは、そういうリアリティがあふれているからだろう。単純に泣かせる話にはなっていないし、そんな甘っちょろい話でもない。恒夫は立派な人間ではないし、恒夫とジョゼの関係もセックスを含めて十分に描写される。だから胸を打つのだ。

「あんたとこの世でいちばんえっちなことをするために」深い深い海の底から泳いできたと言うジョゼは恒夫との幸せな日々が永遠に続くことを信じてはいない。それが壊れた時の絶望感は想像に余りあるものがあるけれど、それでも映画は乳母車から電動車いすに変わったジョゼの姿を映して、希望を持たせる。

池脇千鶴が素晴らしく良い。21歳(撮影時)で演技派というのは極めてまれなことだ。犬童一心監督の演出は細部の描写が際だっている。朝食のだし巻きとかアジの開きのおいしそうなこととか、そういう描写が大事なのだと思う。細部のリアリティに支えられた問答無用の傑作。2003年度キネマ旬報ベストテン4位。

【データ】2003年 1時間56分 配給:アスミック・エース
監督:犬童一心 プロデューサー:久保田修 小川真司 原作:田辺聖子 脚本:渡辺あや 撮影:蔦井孝洋 美術:斎藤岩男 音楽:くるり 主題歌「ハイウェイ」 衣装:石井朋子
出演:妻夫木聡 池脇千鶴 SABU 荒川良々 大倉孝二 真理アンヌ 西田シャトー 上野樹里 新井浩文 新屋英子 江口徳子

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死に花

「死に花」パンフレットジョゼと虎と魚たち」で大いに評価を上げた犬童一心監督の新作。老人ホームに暮らす4人の男たちが、死んだ仲間の残した計画を実行して銀行から現金を強奪する、というコメディで、主演は山崎努、青島幸男、谷啓、宇津井健。これに銀行近くの河川敷に住むホームレスの長門勇が加わる。青島幸男や谷啓が主役級で出る映画というのも久しぶりで、1960年代から70年代初めのコメディを思い起こさせるのだが、残念ながら、青島はともかく谷啓にはあまり目立った場面はない。

死ぬ前にもう一花咲かせようという理由で話が進む中盤までは、「ジョゼ…」のような描写の素晴らしさは見あたらず、やや退屈だった。なぜ、銀行から現金を奪わなければならないのかという理由が宇津井健の銀行への個人的な恨みを交えて説明されても、説得力に乏しいのである。途中で温泉旅行に出かける山崎努と松原智恵子の描写など、もう少し本筋に絡める工夫が必要だと思う。なかなか本筋に移行しない前半の描写は(出演者やスタッフからの敬意が感じられる森重久弥の登場場面を除けば)緩いし、本筋に移ってからも、目新しいエピソードがないのはつらい。台風の中で現金強奪計画が進み、計画の真意が明らかになる終盤でちょっと盛り返した感じがする。前半は死を意識せざるを得ない登場人物たちの老いに焦点が当てられているのだが、恐らく1960年生まれの監督自身にも老いの実際は分かっていないだろう。「ジョゼ…」に比べて、あまり深みのない描写が多いのは仕方ないのかもしれない。

太田蘭三の同名小説が原作(脚本は犬童一心と小林弘利)。東京郊外にあるぜいたくな老人ホームで、夫婦仲の良かった源田(藤岡琢也)が急死し、妻の貞子(加藤治子)が後を追う。源田と仲の良かった元映画プロデューサーの菊島(山崎努)と穴池(青島幸男)、庄司(谷啓)、伊能(宇津井健)の4人は2人の死にショックを受ける。死を覚悟していた源田は「死に花」と名付けた計画を残していた。河川敷からサクランボ銀行支店まで20メートルの穴を掘り、現金を強奪する計画。死ぬ前にもう一花咲かせたいと思った4人は計画を実行することにする。河川敷に住むホームレスの先山(長門勇)も仲間に引き入れ、ホームのマドンナ的存在・鈴子(松原智恵子)の協力も得る。5人は老体にむち打って、穴を掘り続けるが、サクランボ銀行の合併計画が発表され、支店は近く閉鎖されることになる。

前半の描写を緩く感じるのは動機付けに乏しいからだ。ここはかつて銀行の不祥事の責任を負わされ、リストラされた宇津井健をもっと前面に持ってきて、動機付けをいったん観客を十分納得させた上で、ラストに計画の真意を明らかにするのが常套的だ。あるいは藤岡琢也に徹底的にみじめな死に方をさせ、老人への迫害を見返す展開にするとか。そうしたエモーショナルな動機付けを工夫すれば、劇場で目に付いた高齢者だけでなく、広い年齢層にアピールする映画になったのではないか。17億円強奪の計画にしては切実さが足りないのである。

序盤と終盤に登場する森重久弥(撮影時90歳)にセリフはないが(画面の外から声が聞こえるシーンがあるけれど、吹き替えではないか)、車いす姿が実生活と重なって、なんだか厳粛な気分になる。しかも、ただの顔見せ程度のゲスト出演に終わっていないのがいい。老人ホームの新人職員役の星野真里が老男女優の中で溌剌としたアクセントになっていてもうけ役。図書館の職員役で一場面だけ登場する戸田菜穂の使い方も含めて、犬童一心監督、女優の魅力を引き出すのは得意のようだ。

【データ】2004年 2時間 配給:東映
監督:犬童一心 製作:横溝重雄 大里洋吉 早河洋 プロデュース:伊藤満 プロデューサー:木村立哉 橘田寿宏 福吉健 松田康史 原作:太田蘭三 脚本:小林弘利 犬童一心 音楽:周防義和 主題歌:元ちとせ「精霊 nomad version」 撮影:栢野直樹 美術:磯田典宏 衣装:波田野芳一
出演:山崎努 青島幸男 谷啓 宇津井健 松原智恵子 星野真里 加藤治子 小林亜星 吉村実子 白川和子 岩松了 土屋久美子 ミッキー・カーチス 高橋昌也 鳥羽潤 戸田菜穂 大和田獏 依田司 大石美佳 大下容子 森重久弥

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世界の中心で、愛をさけぶ

「世界の中心で、愛をさけぶ」パンフレットよりロボコン」で魅力を見せつけた長澤まさみの主演第2作。と、言い切ってしまっていいだろう。物語はサク(大沢たかお)の視点で語られるが、映画を背負っているのは長澤まさみである。その証拠に長澤まさみが画面から消えた後は途端に魅力がなくなってしまう。いや、もっと正確に言うと、長澤まさみ演じるアキが白血病で入院してからは、話自体が類型的なものになり、面白みに欠ける。

白血病(ほかの難病でも同じ)を話の軸に使うというのは劇中、アキが非難するように本当の病気の人の身になって考えれば、ひどい話であり、映画としてみても手垢にまみれた設定である(これは原作がそうなっているのだから仕方がない)。行定勲監督は映画化に当たって、原作にない大人のサクとその婚約者律子(柴咲コウ)のストーリーを付け加えた。片足の不自由な律子もまた、サクとアキの過去につながっていく女性であり、2人はそれぞれ故郷の高松に帰って、過去を振り返り、過去へのオトシマエを付けることになる(行定監督によると、律子が足を引きずるのと過去を引きずるのは同じことという)。この脚色はうまいと思うのだが、極めて残念なのは現在のパートが高校時代のサクとアキのパートにすっかり負けてしまっていることだ。

引っ越しの荷造りの最中、突然、家を出た婚約者の律子が高松にいることを知ったサク(大沢たかお)は通りを走る。その大沢たかおの足が港の防波堤を走る1986年のサク(森山未來)の足に重なって、過去の話となるジャンプショットは映画らしい手法である。台風が近づき、曇り空の現在に比べて高校時代の夏は光り輝いている。サクは校長先生の葬儀で弔辞を読んだアキに目を止める。アキは美人で頭が良くてスポーツ万能。サクには手が届かない存在に思えたが、ふとしたことから2人には交流が生まれる。交換日記の代わりにカセットテープに声を吹き込んで交換したり、深夜放送でどちらの葉書が先に読まれるかを競ったり。2人は夏休みの思い出に無人島への一泊旅行をする。このあたりのゆっくりと愛が育まれる描写が心地よい。森山未來は少しもハンサムではないけれど、ナイーブな感じに好感が持てる。2人の夢のような幸福は永遠に続くと思えたが、無人島から帰る日、アキは倒れてしまう。アキは白血病に冒されていたのだ。

この過去のパートは恐らく、長澤まさみではない他の女優が演じていたら、どうしようもないお涙ちょうだいものにしかならなかったはずだ。ところが、長澤まさみが実に魅力的に演じきってしまい、もうここだけでいいと思えてしまう。あとの部分は付け足し。そんな感じである。映画の中でも写真店の重じい(山崎努)によって、“後かたづけ”と表現されている。

2時間18分が長い映画ではないけれど、気になるのはサクと律子がどうやって知り合ったのか、律子はあのテープをなぜ引っ越しの荷物の中から見つけるまでサクに聞かせなかったのか、ということ。まさか忘れていたわけでもないだろう。そのあたりは現在のパートに説得力を持たせるためにも必要な描写だった。せっかく付け加えたのに、効果を挙げていないのである。といって、そのあたりを詳しく描くと、魅力的な過去のパートを削る必要が出てくる。難しいところだ。

過去を包み込むようにして構成された脚本自体は悪くないし、出演者たちもそれぞれに好演している。しかし、出来上がった映画を傑作と呼ぶのにはためらいが残る。凡庸ではないけれど、特別に優れた映画でもない。たぶん、話の軸足を現在に置くか、過去に置くか、監督にも踏ん切りが付かなかったのではないか。

【データ】2004年 2時間18分 配給:東宝
監督:行定勲 製作:本間英行 プロデューサー:市川清 春名慶 原作:片山恭一 脚本:坂元裕二 伊藤ちひろ 行定勲 撮影:篠田昇 美術:山口修 音楽:めいなCo. 主題歌:平井堅「瞳をとじて」 挿入曲:「SOMEDAY」(佐野元春)「きみに会えて」(渡辺美里)「アヴェ・マリア」
出演:大沢たかお 柴咲コウ 長澤まさみ 森山未來 山崎努 宮藤官九郎 津田寛治 高橋一生 菅野莉央 杉本哲太 天海祐希 木内みどり 森田芳光 田中美里 渡辺美里

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下妻物語

「下妻物語」チラシ茨城県下妻市を舞台に、ロココ時代のフランスに憧れてフリルひらひらの洋服を着る竜ヶ崎桃子(深田恭子)とヤンキーの白百合イチゴ(土屋アンナ)のおかしな友情を描く。監督の中島哲也はCMディレクター出身のためか、編集に冴えがある。アニメも取り入れた人工的でポップな映像と速いテンポの佳作に仕上がった。

ジャージ世界の大阪からジャスコファッションの下妻に来ることになった桃子とテキヤの父親(宮迫博之)のこれまでを描く冒頭から快調である。桃子の母親(篠原涼子)は桃子を生んだ病院の医師と不倫して、桃子が小学生の時に両親は離婚。父親はヤクザの下でバッタものの洋服を売って儲けていたが、ブランド側からイチャモンを付けられそうになり、桃子と一緒に下妻の実家に逃げてくる。ロリータなファッションに目覚めた桃子はBABY,THE STARS SHINE BRIGHTの洋服を買うため、父親のバッタ製品を売りに出す。そこに平仮名だらけの手紙を送ってきたイチコ(本名はイチゴ)が洋服を買いに訪れる。対照的な2人だが、桃子のパチンコの才能と刺繍の才能が2人を結びつけ、何だか変な友情関係が出来上がる。

と、ストーリーを書いてもあまり面白くない。映画の面白さはそのデフォルメされてぶっ飛んだキャラクターと類型的なセリフを笑い飛ばす演出にある。イチゴの頭突きで桃子がぴょんと跳ばされる場面とか、ジャスコに関するセリフとか、細かいギャグが詰め込んであり、狂騒的でゲラゲラ笑える場面が多い。しかも桃子のキャラクターが「人は人、自分は自分」という徹底的な個人主義であるのが面白い。酸いも甘いもじゃなくて、甘い物ばかり食べていきたい女の子なのに、芯は硬派なのである。

このキャラクター設定が成功の大きな理由だろう。ロリータファッションをしていても、バカじゃない。加えて、その個人主義の桃子が終盤、イチゴを助けるために奔走することで、観客の共感も十分に得られることになっている。桃子にはテキヤの父親の血がしっかりと流れているようで、クライマックス、けじめを付けられそうになったイチゴをかばってヤンキー集団を相手に啖呵を切る場面などピタリと決まる。桃子以外のキャラクター、祖母の樹木希林や八百屋の荒川良々、ヤクザの本田博太郎、一角獣の龍二役の阿部サダヲ、BABY,THE STARS SHINE BRIGHTの社長・岡田義徳などまともなキャラクターが1人もいないのが素晴らしすぎる。しかし、そのキャラクターが綴る話には共感できるのである。中島監督の演出の計算はなかなか正確だと思う。

深田恭子は演技がうまいというレベルではないが、少なくとも桃子役にはピッタリ。「女はさ、人の前で泣いちゃいけないんだよ」という土屋アンナは一角獣の龍二に失恋して涙をこらえるシーンが良かった。同じ女の子の友情を描いた岩井俊二「花とアリス」の上品さとは対照的にハチャメチャな映画だが、そのパワーは侮れない。ただ、少しぜいたくを言うなら、クライマックスの盛り上げ方にはもっと工夫が必要と思う。安っぽさと紙一重のところで成功しているのが心憎いけれど、一歩間違えれば安っぽくなることも否定できないのである。

【データ】2004年 1時間42分 配給:東宝
監督:中島哲也 製作統括:大里洋吉 近藤邦勝 プロデューサー:石田雄浩 平野隆 小椋悟 原作:嶽本野ばら 脚本:中島哲也 撮影:阿藤正一 美術:桑島十和子 音楽:菅野よう子 オリジナル・テーマソング「Hey my friend」 オープニング・テーマ「Roller coaster ride→」
出演:深田恭子 土屋アンナ 宮迫博之 篠原涼子 樹木希林 阿部サダヲ 岡田義徳 小池栄子 矢沢心 生瀬勝久 荒川良々 本田博太郎

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