スクリーン(新聞連載コラム)

2004年3月

「ゼブラーマン」 宇宙人と戦う小学校の教師
(2004年3月4日付)
 ヒーローコスプレが大好きな冴(さ)えない小学校教師が遭遇するさまざまな怪事件。実はその街では宇宙からの侵略者がひそかに暗躍していて…、というのが大まかな筋だ。
 どう考えてもお子様向け二流特撮テレビのノリだが、作者たちは大まじめに映画的としか言いようのない濃密な空間を作り上げる。そうやって積み重ねられた描写がクライマックスで爆発する。クライマックスでは主人公が空を飛べないという点が物語自体の鍵となるのだが、たかが小学校教師、つまりは人間に空が飛べるはずがない。
 「飛べますかね?」と自問する主人公。「飛べ!」という彼の周りの人々の祈りが何を起こすのか? それをばからしいという人は考えてみてほしい。人はこんなばからしいことに何度も出合っているから生きていられるのだ。こんなばからしいこと、それは通常、奇跡と呼ばれている。祈りに応えて奇跡は起こる。(臼井)


「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」 前2作上回る最高の完結編
(2004年3月11日付)
 主人公フロドは滅びの山に指輪を捨てることができるのか。それとも世界は冥王サウロンの手に落ちてしまうのか。三年越しのシリーズ「ロード・オブ・ザ・リング」の完結編で三時間二十三分の大作。前二作の出来栄えも素晴らしかったが、本作はそれ以上である。
 お金を掛けてコンピューターグラフィックスを駆使した作品は、どうしても肝心のドラマ部分が希薄になってしまうが、本作は人物の描き方など細部にまで神経が行きわたっており、すべての面で最高水準にある。さらにハリウッド作品には見られない気品もある。
 このような作品に巡り合えるのは幸せだ。大きなスクリーンで見なくてはこの作品の真価は伝わってこない。日ごろ、映画に縁がない人もぜひ劇場に足を運んでもらいたい。映画のだいご味と深い感動が得られるはずだ。ちなみにストーリーは少々複雑なのでビデオで前二作の復習をお忘れなく。(酒井)


「イノセンス」 押井守監督の意図的な迷宮
(2004年3月18日付)
 「難解だ」という感想があふれているので、この作品を楽しむために最低限の手引を書いておきたい。
 (1)舞台は近未来。ここでは人間とロボットが共存している。ロボットはさまざまに一般化しており、それを「飼う」という概念さえある。
 (2)物語は飼われていたロボットが飼い主を殺害するという事件の解明である。
 (3)登場人物たちは全員が引用癖を持ち、やたらと哲学的なことを言うが、無視すべし。これに付き合っていると全体が見えなくなる。
 (4)主人公バトーには幽霊となって世界を暗躍している「少佐」(前作「攻殻機動隊」のヒロイン)という思い人がいる。
 以上の点を踏まえれば、分かりにくいこともないだろう。もし、ほかにも分からない点があるなら、それは押井守監督が意図的に迷宮に誘っているのである。その迷宮の向こうには、ある個人の生への切なる思いがある。(臼井)


「花とアリス」 映像と音楽の魔術師は健在
(2004年3月25日付)
「リリイ・シュシュのすべて」(二〇〇一年)で中学生のいじめを独自の視点で衝撃的に描いた岩井俊二監督の新作。映像と音楽の魔術師ぶりは健在で、前作とは打って変わって軽快なラブストーリーとなっている。
 高校生のハナ(鈴木杏)とアリス(蒼井優)の友情と恋愛を等身大で描いており、二人にもてあそばれる宮本君(郭智博)との微妙な三角関係がとても心地よい。
 映画はその宮本君の「記憶喪失」をキーワードに、クライマックスの学園祭とオーディションに収束していく。前半で描かれる細部(ところてんやトランプやデジカメなど)がすべて後半に伏線として生きてくる。特にアリスの父親(平泉成)のセリフ〔万年筆を贈る訳〕など、脚本のうまさが光るところだ。
 映像的にはアリスがクラシックバレエを踊るシ―ンが出色だった。他の場面も岩井監督の映像美がたっぷりの二時間十五分である。(笹原)


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