It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

A.I.

「A.I.」

普遍性を持ち得なかったのが大きな失敗なのではないかと思う。人間そっくりの感情を持ったロボットのデヴィッド(ハーレイ・ジョエル・オスメント)が母親に愛してほしいと苦悩する物語は、母親に愛されない子どもを描く映画として普遍性を持ちうるはずだった。しかしそうなっていない。原因は描写の不気味さ、不快さにある。序盤、音もなく歩き、にこにこ笑っているデヴィッド自体の不気味さに加えて、中盤にあるロボット“惨殺ショー”の目を背けたくなる酷さには閉口する。体のあちこちが壊れ、化け物のような姿となったロボットたちがスクラップの中から腕や目玉や顎を捜し、それを自分に装着する場面などは見ていて気持ち悪いだけである。3部構成の映画の中で最も長いこの部分は根本的にエピソードを変えるか、描写の仕方にもっと気を配る必要があった。一気にSF性を増す終盤の展開は納得のいくもので、デヴィッドと母親の1日だけの幸福な描写にはいろいろな意味で胸を打たれる。母親に愛されたいと願い、「ピノキオ」のブルー・フェアリー(妖精)を信じて“Please, make me a real boy”と願い続けるデヴィッドの描写は切なく、心を動かされるのだが、前にある暗く不気味で不快な描写がどうしても足を引っ張ってしまう。佳作にとどまった要因のすべては描写の計算違いにあると思う。

地球温暖化で海面が上昇し、多くの都市が水没した近未来。不治の病にかかった一人息子を治療法が見つかるまで冷凍保存しているヘンリイとモニカ夫婦(サム・ロバーズとフランシス・オコナー)のもとに、夫の会社から人間そっくりのロボットが贈られる。新型のロボットで感情を持つデヴィッドはインプットした人間を永遠に愛し続けるようプログラムされている。人間そっくりなのに中身は機械という不条理さ、行動の不気味さを感じていたモニカだったが、意を決してインプットに必要な7つの言葉(Cirrus、Decibel、Socrates、Particle、Dolphin、Hurricane、Tulip)をとなえる。この瞬間、表情とセリフ回しをがらりと変えるハーレイ・ジョエル・オスメントの演技は凄い。デヴィッドはモニカを愛するようになるが、モニカの方は素直に愛せない。しかもあきらめていた息子マーティン(ジェイク・トーマス)の治療法が見つかり、家に帰ってくる。ここからさまざまな誤解が重なってデヴィッドはモニカから捨てられ、スーパートイのテディと森に置き去りにされてしまう。という第1部は緊迫感にあふれ、重たい展開である。そしてここでデヴィッドは「ピノキオ」の物語を知り、モニカに愛されるために自分も人間になりたいと強く願うのだ。

以降の第2部と第3部はこの願いを発展させたストーリーを展開させるべきなのだが、スピルバーグはここで先に書いたような余計な描写を挟み込む。ジゴロ・ロボットのジョー(ジュード・ロウ)との出会いはいいとして、ロボットの残酷な運命など本筋とはあまり関係ない。デヴィッドとジョーはロボット惨殺ショーの一団につかまるが、間一髪のところで脱出。デヴィッドはピノキオを人間に変えたブルー・フェアリーを捜し、水没したマンハッタンに向かう。そこでユニークな存在と思っていた自分が実はそうではなく、ほかにもデヴィッドと同じようなタイプのロボットが多数いるということを知る。絶望したデヴィッドは海に身を投げる。そこでブルー・フェアリーの像を発見。潜水艇で再び海に潜ったデヴィッドは“Please, make me a real boy.Please, make me a real boy.”といつまでもいつまでも願い続ける。

ここで終わってしまっては身も蓋もない映画となるが、映画はここから一気に2000年後の世界に飛ぶ。人類は既に絶滅しており、進化したロボットたちがデヴィッドを発見する。デヴィッドは人間の生の記憶をメモリーに刻んだ唯一の存在となっているわけだ。ロボットたちはテディが持っていた髪の毛からモニカを再生。しかし、クローンは1日しか生きられない制約がある。それを承知でデヴィッドはモニカと幸福な時間を過ごす。デヴィッドにとって母親が生きていた時の唯一の楽しい思い出は、自分が捨てられる際に母親と2人だけで出かけたドライブだった。悩み、傷ついてきたデヴィッドのこれまでに報いるような幸せな描写であり、それが1日しか続かないと分かっているだけに強く胸を打たれる。中盤の描写をばっさり切り捨てて、このデヴィッドとモニカの関係に絞った映画にすべきだったのだと思う。ただし、大きな問題はある。外見は不気味な宇宙人が徐々に親しみを覚える存在となる「E.T.」とは異なり、外見は人間と同じなのにデヴィッドに対して親しみを覚えきれないのは所詮どこまでいっても機械であるからだ。生物と機械の断絶は想像以上に深いのである。

ジョン・ウィリアムスの音楽が素晴らしく、これが映画に貢献している部分は大きい。ジュード・ロウもいかにもロボットらしい演技を見せてうまい。スタン・ウィンストンが担当したロボットのキャラクターのうち、テディの愛らしい動きには感心した。傑作になる要素はたくさんあったのに、返す返すも残念な出来である。スピルバーグはスタンリー・キューブリックが残した設定に目を奪われすぎて自分の映画が作れなかったのではないか。次作は自分の企画で自分の映画を撮ってほしいものだ。

【データ】2001年 アメリカ 2時間26分 配給:ワーナー・ブラザース
監督:スティーブン・スピルバーグ 製作:キャスリーン・ケネディ スティーブン・スピルバーグ ボニー・カーティス 製作総指揮:ジャン・ハーラン ウォルター・F・パークス 脚本:スティーブン・スピルバーグ イアン・ワトスンのスクリーン・ストーリーに基づく ブライアン・オールディスの「スーパートイズ」に基づく 撮影:ヤヌス・カミンスキー 音楽:ジョン・ウィリアムズ 美術:リック・カーター 視覚効果・アニメーション:インダストリアル・ライト・アンド・マジック ロボットキャラクター・デザイン:スタン・ウィンストン 衣装:ボブ・リングウッド
出演:ハーレイ・ジョエル・オスメント ジュード・ロウ フランシス・オコナー ブレンダン・グリーソン ウィリアム・ハート キャスリン・モーリス

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