第6回宮崎映画祭を終えて

臼井省司

当サークルのメンバーであれぱご存じのことと思うが、平成12年4月2日から同月7日(3日は休み)まで第6回宮崎映画祭が行われた。今年の開催は従来までのシーガイアとの共催を諸事情であきらめ、宮崎映画祭実行委員会の単独開催となり、したがって会場もシーガイア・サミットホールではなく、2日が県立芸術劇場、3日から7日までが宮崎セントラル会館へと移しての開催であった。

その期間中の上映作品数は11本、総観客数は1600人、と形ばかりのことを書いたところで映画は遠ざかるばかりであろうが、それでもその11本を見るために1600人の中のひとりになる為に会場まで足を運んでいただいたサークルの方々、およびその友人や知人の方々、また直接的、間接的に励ましを頂いた方々にもお礼を申し上げるのみである。ありがとうございました。

ところで多くの方々からご心配頂いた会場変更の件であるが、確かにそのことによるトラブルはあったものの、まあ、なんとか無難にこなせたのではないかと思っている(映写機のトラブルについては、さすがにこちらもブルったが、これについては映写前のチェック・試写を行った上でのトラブルであったことを、言い訳として申し添えておきたい。映写担当者はその道のプロといえる人であったし、その人たちがいまだになぜあんな様々なトラブルが起こったのか判らないというのだから、一般的に受けるべき非難はここでは当てはまらないはずだ)。逆に、従来までのシーガイアでの会場では決して起こらなかったであろう「親密さ」とでもいうべき空気がどの会場でも流れ出したということは、思いも寄らぬ僥倖であった。映画が面白ければ、面白かったと言われ、面白くなければ非難されるという映画の上映においては元来、当たり前であるはずの行為が、当たり前に映画祭実行委員と観客の方々の間で行われたのである。

「映画」というものが必然的に持つ属性として、一本のフィルムがそこにあるだけでは決して「映画」は成立せず、そのフィルムを上映する側、そしてそれを見る側が存在して始めて「映画」が成立するわけで、その意味でいえば、その三者は等しく「主体」であるはずなのだが、上映する側と見る側にその意識が乏しいことが、今の映画状況を貧困にしていることはいうまでもない。しかし今回の映画祭のように、上映する側が上映するフィルムの責任を持って「顔」を曝らせば、三者が等しく主体になり得ることを図らずも示したのではないかと思う。

もっともそういう雰囲気になったからといって、今回起こった様々なトラブルが帳消しになるわけでなく、逆にその事により猛省を促されるものでなければならない事は自明であろう。同様にして、動員が1600人であったことが多かったのか、少なかったのか、または今回のプログラムはどうだったのか、収支的にみて満足いくべきイベントであったのか、等々についてもこれから熟考されるべき事柄である。そしてそれらの事象については次回の映画祭で必ずや反映されるはずである。そして様々なご迷惑をお掛けした方々についてはそのことを持ってお詫びの言葉にかえさせていただきたいと思う。

ところで今回の映画祭の準備期間中に、人伝てにこんなことをいってくる人があった。曰く、宮崎映画祭はマイナーな映画選択のみをしている。曰くもっと一般受けをする作品選択をするぺきであり、そのことにより大衆性を獲得して、その存在をもっと大きくするぺきであると。大体において趣旨はこういうものであったろうと思う。その人の映画祭に対するイメージというものがどういうものか判らないが、映画祭開催前の独特の焦燥もあって、この言葉を伝えた人間に八つ当たりすることになったのは遺憾(もっともどうしてそんなことをこちらにいってくるのかという問題は残らないでもないのだが)であったが、実は一見もっともらしいこの言葉、もっともらしいがゆえに根本的に間違っていると言い切ることができる。その理由の詳細を今書くことについては止めておこうと思うが、簡単に言っておけば、映画の現在を全く知らない人間だけがこんなもっともらしいことを吐くことができるのであり、そういう意味では、無責任で愚劣極まりない意見であるからだということのみを言っておくに止める。

それにしても、映画祭を終了するたびに思うのだけれども、映画は疲れる。ことに今年は疲れた。映画祭のパンフレットの編集後記にも少々書いたが、「映画が好き」な人間のできることなど高々知れている。映画祭を、特に現代の日本で、運営するということはとかく何かを犠牲にせねばできないことなのだ。別に格好いいことを書いているのではない。また、別にナルシストを気取っているわけではないし、ペシミストを演じているわけでもない。実行委員会のメンバーがこの期間中に背負い込んだ困難・苦労を見ていれば、誰もがそう思うことではないかと思う。

ということで、次は「無声映画祭」である。日時は5月21日(日)。僕、個人的なことを言えば、今回に関していえば、久しぶりに気楽に「祭り」に参加したいと思っている。そのための仕掛けは、「シネマ1987」のホームページ上(註:映画フォーラムの167番目の記事参照)で明かしているので繰り返さないが、いくらかの人には僕が楽しんでいるように、喜んで頂けるのではないかと思う。(2000年5月号)

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