スクリーン(新聞連載コラム) 

2003年10月

「ロボコン」 観客引き込む理数系の青春
(2003年10月2日付)
 「ずっと今日が続けばいいのにね」
 全国高専ロボットコンクール(ロボコン)の前日、長沢まさみ演じるヒロインの里美はこう漏らす。それに答えて一人が言う。「決勝まで残ればいい。そうすれば明日の夕方までこの時間は続くんだ」。そのロボコンに四人の部員は挑む。落ちこぼれと言われ、さげすまれた四人が挑む。
 もちろん、この時点で観客は彼らの味方である。「頑張れ!」と心の中で応援する。その願い通り、運も味方して、彼らは決勝まで勝ち進んでしまう。なんたる予定調和! そう批判する人もいるだろう。しかし、このような展開こそが映画の王道と言うのではなかったか。
 「理数系の青春」を描いたこの作品、宮崎での公開は明日(三日)で終わってしまう。映画好きを自称する人ならば、この映画を見逃してはいけない。はっきり書いておく。これは今年の日本映画屈指の傑作である。(臼井)


「サハラに舞う羽根」 理解しにくい主人公の心理
(2003年10月9日付)
 十九世紀末の英国。特権階級の若き軍人ハリー(ヒース・レジャー)はスーダンの戦地へ派遣される前日に突然除隊する。仲間からは憶病者の印とされる「白い羽根」が送られ、美しい婚約者エスネも彼を理解できずに悩む。
 残念ながら、この後のハリーの心理、本心がまったく観客には伝わって来ない。除隊したのにサハラ砂漠まで出向き、窮地の英国軍を助けようとする真意がよく分からない。ハリーの婚約者を演じるケイト・ハドソンも、世界を制覇していた誇り高き英国の貴婦人にはとうてい見えない。
 ただ、スペクタクルな部分の見応えはあり、優雅なロンドンの街並みや、雄大で驚異のサハラ砂漠、そこで繰り広げられる大掛かりな戦闘シーンだけでも見る価値はあるだろう。
 監督は「エリザベス」のシェカール・カプール。A・E・W・メイスン原作の七度目の映像化である。(林田)


「座頭市」 圧倒的に強い主人公に興奮
(2003年10月16日付)
 世の中にはワンサイドゲームの楽しさというものがある。この「座頭市」もそうだ。それほどこの座頭市、強い。仕込み杖(づえ)を抜いた瞬間に勝負は決しており、どうやって相手を切ったのか、分からないほどだ。
 物語は町を牛耳る悪者を主人公が倒すという、まるでテレビの時代劇のような陳腐さなのだが、確かにこれほど強ければ、そこにドラマなど生まれるはずもない。
 ベネチア映画祭で銀獅子賞を受賞したこの映画は「斬新」と評価されている。しかし、タップダンスと時代劇の結び付きは阪東妻三郎の映画に先例があるし、雨や血しぶきは明らかに黒澤明だろう。もしこの映画が「斬新」なのだとしたら、それはドラマ性の不在にある。
 にもかかわらず「座頭市」は観客を阪妻や黒澤を想起させるクラシックな映画の興奮へと導く。その矛盾の抱え込みこそがこの作品が傑作であることの証しにほかならない。(臼井)


「トーク・トゥ・ハー」 価値観を覆す不思議な魅力
(2003年10月23日付)
 事故でこん睡状態となったバレリーナと女闘牛士。彼女たちを慈しみながら看病する二人の男、ベニグノとマルコの間にはいつしか厚い友情が生まれる。しかしベニグノのいちずな愛は誰も予想しなかった悲劇を招く。
 スペインの名匠ペドロ・アルモドバル監督の最新作である。ここで描かれるのは、究極の愛の姿だ。愛する女が生と死のはざまの状態に陥った時、その事実を男はどう受け入れるのか。ベニグノは愛しのバレリーナに四年間も語り掛け、呼び掛け続けた。彼の人生をすべて犠牲にして。
 一見、異常な愛の形だが、監督の主人公たちへの視線は温かい。この作品は私たちの価値観を覆してしまう不思議な魅力に満ちている。「愛とは、愛するとはどういうことなのか」。私たちはもう一度考えてみる必要があるかもしれない。
 悲しくも美しい、そして切ない恋愛映画の名作。今年のアカデミー賞でオリジナル脚本賞を受賞した。(酒井)

「エデンより彼方に」 まだまぶしい50年代の米国
(2003年10月30日付)
 美しい色、美しい画面の映画だ。画面いっぱいの秋の紅葉はため息が出るほどで、女性たちの服装も華やかで美しい。
  一九五〇年代、まだまだ米国が日本人にはまぶしく幸せな国に見えていたころのメロドラマである。絵に描いたように幸せな上流家庭に暮らし、優しくて非の打ちどころのない主婦が世間のいじわるな目によって不幸に落とされていく。
 映画はうわべだけを繕う家庭や、黒人と話をしただけで奇異な目で見られる人種差別を浮き彫りにする。果たして今の米国で、この映画で描かれたことはもう過去の出来事だと言い切れるだろうか?
 紅葉の季節が冬を経て春を迎えるように主人公は苦悩を乗り越える。彼女はきっとかわいいだけの女からシャープないい女に変身していくのだろう。
 監督はトッド・ヘインズ。主演のジュリアン・ムーアはアカデミー主演女優賞にノミネートされた。(林田)


[スクリーントップ]