リトル・ダンサー
不況にあえぐ炭坑の町の舞台設定といい、少年がそこを出ていくテーマといい、「遠い空の向こうに」(「ジュラシック・パークIII」のジョー・ジョンストン監督)を彷彿させる。ロケットとバレエという違いはあっても、根底に流れる外の世界への熱い思い、夢を実現することの素晴らしさがこの2作品には共通している。5歳からダンスを習ったという主演のジェイミー・ベルの表現力は素晴らしく、嬉しさ、哀しさ、怒り、焦りといった感情を見事に表現したダンスを見せる。タイトル・バックでベッドの上をポンポン撥ねる姿や道路で繰り広げるタップダンスは高揚感にあふれ、似非ミュージカル「ダンサー・イン・ザ・ダーク」がどこかに忘れていた歌と踊りの本来的な楽しさがこの映画にはある。踊り自体が感情を表現する有効な手段であることを改めて教えてくれる映画である。監督のスティーブン・ダルドリーはイギリス演劇界で高く評価され、これが長編映画デビュー。いきなりアカデミー監督賞にノミネートされたのもうなずける出来栄えだ。T.レックス「チルドレン・オブ・ザ・レボリューション」など音楽の使い方も効果的であり、監督と同世代の人間としては共感できる部分が多かった。
1984年のイギリス、ダーハム州の炭坑町が舞台。ボクシングに通っていた11歳のビリー・エリオット(ジェイミー・ベル)はバレエ教室の練習を見て、強く惹かれる。最近、物忘れがひどくなったビリーの祖母は「プロのダンサーになれるはずだった」が口癖だし、亡くなった母親もフレッド・アステアに夢中だった。ビリーはその血を引いたらしい。しかし、炭坑で働く父親(ゲアリー・ルイス)に知れたら、許してもらえないに決まっている。ビリーはボクシングの練習をやめ、こっそりとウィルキンソン先生(ジュリー・ウォルターズ=アカデミー助演女優賞ノミネート)の指導を受けるようになる。先生も感情を見事に表現するビリーのダンスに資質を認めた。バレエの練習はやがて父親に知られ、ビリーは教室に通うことを禁じられる。だが、クリスマスの夜、父親はビリーのダンスを間近に見て、息子の夢をかなえさせようと決意する。その夢はロンドンのロイヤル・バレエ団で踊ること。ビリーは炭坑の仲間たちからの支援を得て、オーディションを受けることになる。
「最初は体が堅いけど、踊り出すと何もかも忘れて、すべてが消えます。何もかも自分が変わって体の中に炎が…。宙を飛んでる気分になります。鳥のように電気のように」。オーディションで、踊っている時の気持ちを問われたビリーはそう答える。審査員たちの前で披露したダンスはどこかぎこちなく、審査結果への不安が高まるのだが(これは演出上の計算だろう)、このセリフもどうやら審査員の心を動かすことになったらしい。踊りの本質を突いたセリフと思う。
このサクセス・ストーリーの背景となる炭坑町の描写もいい。父親と兄は炭坑で働いているが、ストライキで失業中。一家の暮らしは窮乏し、暖炉の薪にするため母親が残したピアノまでも壊すことになる。ストを破って炭坑で働けば、労働組合の仲間から裏切り者と非難される。しかし、ビリーの父親はそれを承知で息子の夢をかなえる資金を得るためにスト破りをしようとするのだ。組合は結局妥協し、会社の要求を受け入れることになるのだが、その組合の敗北とビリーの勝利が見事な対比となっている。父親役ゲアリー・ルイスの演技がとてもいい。背景が十分に描き込まれているから、映画にも厚みが出てくる。スティーブン・ダルドリーはどの場面もゆるがせにせず、しっかりとした演出で傑作に仕上げた。
【データ】2000年 イギリス 1時間51分 配給:日本ヘラルド映画
監督:スティーブン・ダルドリー 製作:グレッグ・ブレンマン ジョン・フィン 脚本:リー・ホール 振付:ピーター・ダーリング 撮影:ブライアン・トゥファーノ 美術:マリア・ジュルコヴィック 衣装デザイン:スチュワート・ミーチェム 音楽:スティーブン・ウォーベック
出演:ジェイミー・ベル ジュリー・ウォルターズ ゲアリー・ルイス ジェイミー・ドラヴェン ジーン・ヘイウッド マイク・エリオット ニコラ・ブラックウェル コリン・マクラクラン ジャニーン・バーケット メリン・オーウェン アダム・クーパー