レッド・ドラゴン
トマス・ハリスの原作を「ラッシュアワー」のブレット・ラトナーが監督した。マイケル・マン監督「刑事グラハム 凍りついた欲望」(1986年、ビデオタイトルは「レッド・ドラゴン レクター博士の沈黙」)に続く2度目の映画化である。相変わらずのアンソニー・ホプキンスもエドワード・ノートンもうまく、それ以上に“噛みつき魔”ダラハイド役のレイフ・ファインズが雰囲気を出している。ダラハイドは原作ではもっと醜い顔のはずで、ファインズではハンサムすぎると思うが、中盤の新聞記者(フィリップ・シーモア・ホフマン)をいたぶる場面など狂気の演技がなかなかである。ダラハイドに惹かれる盲目のリーバ役エミリー・ワトソンもいい。残念なのは「羊たちの沈黙」へのリスペクトが大きすぎること。ラトナーはレクターの入った精神病院のセットを「羊たち…」と同じにすることにこだわったという。脚本は「羊たち…」で名を挙げたテッド・タリーだから、映画の雰囲気も「羊たち…」によく似たものになった。ダラハイド捜査のヒントをレクターがグラハムに与える場面などそのままである。要するにオリジナルなものに乏しいのだ。「羊」がなければ、映画の評価は高まったかもしれない。しかし所詮、「羊」がなければ生まれなかった映画なのである。
映画はコンサート会場で1人調子を外した演奏者を見て、苦虫を踏みつぶしたような顔をするレクターの描写で幕を開ける。レクターがオーケストラの団員たちを食事に招待する場面は「ハンニバル」の雰囲気を取り入れたもので、出された料理が行方不明となった演奏者であることは明らか。ここはシリーズを見ている観客へのサービスみたいなものだ。FBIのウィル・グレアム(エドワード・ノートン)がレクターの正体に気づき、重傷を負いながらも逮捕するまでがちょっと長い前ふり。精神的にも傷を負ったグレアムはいったんFBIを辞めるが、連続殺人事件の捜査を上司のジャック・クロフォード(ハーヴェイ・カイテル)から要請され、復帰することになる。2組の家族が惨殺されたこの事件はいずれも満月の前後に発生した。次の満月までに犯人を突き止めるため、グレアムはボルティモア州立病院精神科に入れられたレクターにヒントを求める。
原作ではレクターの登場シーンは少なかった。映画でも多くはないが、もはやレクターはスター並みの存在だから、それなりの扱いをしてある。ラトナーの演出は大味なところがあって決して優れているわけではないけれど、そつなくまとめてある。グレアムとダラハイドの内面に深く切り込んだ原作のストーリーを表面的になぞっているだけにせよ、ラトナーの絵作りはエンタテインメントとしては合格点と思う。ただ、物足りない思いが残るのも事実で、11年前の「羊たちの沈黙」を超えられないような映画作りにはあまり意味を感じない。
付け加えて言えば、僕は映画「羊たちの沈黙」もそれほど評価していない。レクターに安楽椅子探偵の役回りを与える(これはプロファイリングからヒントを得た設定だろう)という抜きん出たアイデアで構成された原作を超えるものではなかった。アンソニー・ホプキンスの発案で「ハンニバル」の続編を作る計画もあるという。レクターは今回もセルフ・パロイディのような側面が感じられたが、それが増幅しないことを望みたい。
【データ】2002年 アメリカ 2時間5分 配給:UIP
監督:ブレット・ラトナー 製作:ディノ・デ・ラウレンティス マーサ・デ・ラウレンティス 製作総指揮:アンドリュー・Z・デイヴィス 原作:トマス・ハリス 脚本:テッド・タリー 撮影:ダンテ・スピノッティ プロダクション・デザイン:クリスティ・ゼア 衣装:ベッツィ・ヘイマン 音楽:ダニー・エルフマン
出演:アンソニー・ホプキンス エドワード・ノートン レイフ・ファインズ ハーヴェイ・カイテル エミリー・ワトソン メアリー=ルイーズ・パーカー フィリップ・シーモア・ホフマン アンソニー・ヒールド ケン・リュン フランキー・フェイソン タイラー・パトリック・ジョーンズ