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シネマ1987online

リプリー

「リプリー」

アンソニー・ミンゲラは丁寧な演出で奥行きのある映像を見せてくれる。出演者たちも好演しており、美術やセットも申し分ない。ただし、主人公に感情移入しにくいという大きな欠点がある。これは犯罪者だからではなく、リプリー(マット・デイモン)の気持ちがよく伝わらないからだ。リプリーはだれにも本心を明かさずに行動するので、内面描写が不足しているのである。大金持ちの息子ディッキー(ジュード・ロウ)に対するリプリーの微妙な感情の変化をもっときめ細かく描くべきではなかったか。映画の技術そのものには感心したし、立派な(作りの)映画であることは認めるが、大衆性に欠ける。

「太陽がいっぱい」はニーノ・ロータの美しく切ない音楽と野望を持つアラン・ドロンの印象的な演技で名作の地位を確立した。アラン・ドロンの演技には貧しい青年の上昇志向がしっかりと感じられ、それは実生活とも重なる部分があったように思う。ミスキャストの声が高いマット・デイモンのリプリーに不足しているのは外見の差以上に、こうした背景だと思う。リプリーは遊びほうけるディッキーを連れ戻すよう父親に頼まれて、イタリアに行くが、逆にディッキーに魅了され、いつも行動を共にするようになる。しかし、気まぐれなディッキーに飽きられたことで、殺意を抱くのだ。このあたりの心境の変化があまり感じられない。どこからが仕事で、どこからが本気かはっきりしないのだ。リプリーの孤独や絶望感が十分に描かれていないから、一つの犯罪を隠すために殺人を繰り返すリプリーに観客の共感は得にくいのではないか。

実は計画的になされたリプリーとディッキーの出会いよりも、後半、リプリーの良き理解者となるピーター(ジャック・ダベンポート)との出会いの方が印象的な場面になっている。オペラ劇場でディッキーの恋人マージ(グウィネス・パルトロウ)と一緒に現れたピーターを見るリプリーの表情は一目惚れの感じをうまく表現している。原作には登場しないピーターの存在はミンゲラ脚本の一つのポイントだが、これによって単なるゲイ青年の特殊な悲劇になってしまった感もある。普遍性を消してしまうのである。

「マイ・ファニー・バレンタイン」などジャズの使い方は効果的だ。デイモンの演技に比べて、ジュード・ロウはひどい役柄であるにもかかわらず輝いており、アラン・ドロンが人気を不動のものにしたように、これがロウにとっての「太陽がいっぱい」になることは間違いないだろう。昨年「エリザベス」でアカデミー賞を争ったグウィネス・パルトロウとケイト・ブランシェットも好演している。

【データ】1999年 アメリカ 2時間20分
監督・脚本:シドニー・ポラック 製作:ウィリアム・ホルバーグ トム・スタンバーグ 撮影:ジョン・シール プロダクション・デザイン:ロイ・ウォーカー 衣装デザイン:アン・ロス ゲイリー・ジョーンズ 音楽:ガブリエル・ヤレド
出演:マット・デイモン グウィネス・パルトロウ ジュード・ロウ ケイト・ブランシェット フィリップ・シーモア・ホフマン ジャック・ダベンポート ジェイムズ・レブホーン セルジオ・ルビーニ フィリップ・ベイカー・ホール セリア・ウェストン フィオレッロ ステファニア・ロッカ リサ・エイヒホーン

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