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ショコラ

「ショコラ」

雪まじりの寒い北風とともに、赤いコートを羽織ったヴィアンヌ(ジュリエット・ビノシュ)とアヌーク(ヴィクトワール・テヴィソル)の親子がフランスの片田舎の村にやってくる。2人が開いたチョコレートの店は、閉鎖的で因習に凝り固まった村人の心を次第に溶かしていく。チョコレートには人の心を解放する南米の秘薬が含まれており、ヴィアンヌは明確に因習の打破を意図して旅から旅の生活を続けているのである。しかし、ラスト近く、ヴィアンヌ自身も因習(あるいは自分はこうあらねばならない、という固定観念)に捕らわれていたことが分かる。この展開を見て、これがオリジナル脚本だったら、すごいなと思ったが、ちゃんと原作があるそうだ。それほどさまざまな寓意を持たせた物語なのである。ラッセ・ハルストレムはこの含蓄のある話をチョコレートのように甘く心地よく映画化している。改めてハルストレムのうまさを認識させられる出来である。

人はさまざまな固定観念に縛られているのだと思う。岸田秀「ものぐさ精神分析」によれば、その最たるものは親の影響なのだが、社会の規範であったり、宗教であったり、会社の規則であったりするだろう。そうした規則や規範に人は知らず知らずのうちに、ねじを巻かれて生きている。それに従っている限りは心配がないからである。映画の中で固定観念の権化となっているのが村長で伯爵のレノ(アルフレッド・モリーナ)。断食の時期にチョコレートの店を開き、教会にも行かないヴィアンヌをレノは悪魔のように非難する。実際、赤いコートを着て現れ、不思議なチョコレートを売る親子は魔法使いのようだ。この設定、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」に似ている(あちらは本当の悪魔だったが)。チョコレートの効果で倦怠期の夫婦は情熱を取り戻し、ある老人は長年の秘めた思いを打ち明ける。暴力を振るう夫からジョゼフィーヌ(レナ・オリン)は独立する。そうした効果を見てもレノは規範を守ることを最優先に考えてしまう。これと対照的なのがヴィアンヌの生き方であり、後半に登場するジプシーのルー(ジョニー・デップ)なのである。不自由な体にもかかわらず自分の思う通りに生きているアルマンド(ジュディ・デンチ)と娘カロリーヌ(キャリー=アン・モス)の関係も自由と規則の対立を端的に表している。

原作ではレノは神父だそうだ。ハルストレムは人の心を抑えつけるのが宗教であるとの図式を嫌って役を変えたそうだが、それは正しい判断と思う。これによってさまざまな場合に当てはめて考えることができるようになっている。そして因習に縛られずに生きてきたはずのヴィアンヌが実は母親の教えに縛られていたことが鮮明になるショットが挿入される。母親の灰の入った壺を誤って娘が割ってしまうことによって、ヴィアンヌは初めて我に返る。旅から旅への自由な生活と思われていたことが実は母親の教えに従っていただけだったことを理解するのである。

空撮で、おとぎ話に出てくるような村の全景を見せたショットから映画は緩やかにこうした人間関係を描き出していく。原作のポイントを逃さなかったと思われるロバート・ネイスン・ジェイコブスの脚本もいい。ジュリエット・ビノシュ、レナ・オリン、キャリー=アン・モス、ジュディ・デンチらの女優陣がとにかくうまいし、娘役のヴィクトワール・テヴィソルも美少女の輝きを見せ、将来のスターになりそうな予感。男優陣も凝ったメイクのアルフレッド・モリーナ、ジョニー・デップが良く、小さい作品ではあるけれど、好感の持てる映画である。

【データ】2000年 アメリカ 2時間1分 アスミック・エース、松竹配給
監督:ラッセ・ハルストレム 製作:デヴィッド・ブラウン レスリー・ホールラン キット・ゴールデン 原作:ジョアン・ハリス 脚本:ロバート・ネイスン・ジェイコブス 撮影:ロジャー・ブラット プロダクション・デザイナー:デヴィッド・グロップマン 衣装:レネー・エールリッヒ 音楽:レイチェル・ポートマン
出演:ジュリエット・ビノシュ ジョニー・デップ ジュディ・デンチ レナ・オリン アルフレッド・モリーナ ピーター・ストーメア キャリー=アン・モス レスリー・キャロン ジョン・ウッド ヒュー・オコナー ヴィクトワール・テヴィソル

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