スパイ・ゲーム
トニー・スコットは明確な失敗作はない代わりに、際だった代表作らしきものもない監督で、良い意味でアベレージ・ヒッターと言える。「スパイ・ゲーム」はその中でも出来のいい部類に入る。師弟のような関係のスパイを演じるロバート・レッドフォードとブラッド・ピットの演技が映画を支えており、特に顔に年輪を刻んだレッドフォードがいい。同じくCIA職員を演じ、正月映画として公開された「コンドル」(1975年、シドニー・ポラック監督)を彷彿させ、リベラルな感じのスパイを颯爽と演じている。その「コンドル」にオマージュを捧げたというトニー・スコットのビジュアルな演出も冴え渡っている。場面に応じてタッチを変え、映像の質を変えながら、会議室の駆け引きと回想のアクション場面とをスピーディーにつないでいく。この手腕は大したものなのだが、24時間で救出が必要なサスペンスと主人公の感情の高まりがあまり伝わらないのが惜しいところ。もう少しキャラクターの心情を掘り下げる演出が欲しかった。このあたり、トニー・スコットの以前からの課題と言える。
ベルリンの壁崩壊から2年後の1991年。ある人物を救出するため中国の蘇州刑務所に侵入したCIA職員のトム・ビショップ(ブラッド・ピット)が脱出直前に捕まる。アメリカと中国は通商交渉を控えており、両国の関係悪化を恐れたCIA本部は事件を闇に葬ろうとする。このままではトムは24時間で処刑されてしまう。かつてトムの上司としてスパイのイロハを教え、さまざまなミッションをこなしてきたネイサン・ミュアー(ロバート・レッドフォード)は退職の日を迎えたところだったが、トムの救出に奔走することになる。映画はCIA本部で上層部と腹のさぐり合いをしながら、救出作戦を練るミュアーと、回想場面とで描かれる。ミュアーとトムが出会ったのは1975年のベトナム。ラオスの将軍暗殺に成功したトムをミュアーはスカウトし、東ドイツ、ベイルートでミッションを共にする。アメリカの敵が共産主義からテロリストへと移る過程でミッションをこなすうちに、ミュアーとトムはお互いの立場の違いを痛感することになる。そして悲劇的な結末を迎えたベイルートでのミッションを最後に袂を分かつ。今回の事件はトムが単独で計画したらしい。なぜそんなことをしたのかという理由をクライマックスに明らかにする脚本(マイケル・フロスト・ベックナー)はなかなかうまい。
「コンドル」のラストでレッドフォード演じるCIA職員は新聞社にCIAの陰謀のすべてを打ち明けた。CIAの上司は「そんなもの握りつぶしてやる」と言い放つが、アメリカの民主主義に希望を託すラストだった。「スパイ・ゲーム」の中盤に同じ趣向のシーンがあるのはいかにもオマージュらしい。ただし、今回、ミュアーの情報はCIAの操作によって誤報ということになってしまう。しかもトムは数カ月前に死んだことにされていた。絶体絶命。ミュアーは引退後の蓄えを投げ打ち、大きな賭けに出る。
「スパイはマーティニを飲むんじゃないのか」「スコッチだ。12年以上のものを」というセリフがあったり、ミュアーが何度も結婚を繰り返したという設定(これはあとで違うことが分かる)は007を意識したかのようだ。これを見ると、この映画がリアルなスパイではなく、小説や映画のスパイを元にしているのは明らか。敵の設定がリアルなので誤解を招くかもしれないが、この映画、基本的には過去のエンタテインメントを踏襲したファンタジーなのである。だからこそタイトルはスパイ・ゲームなのだろう。ミュアーの秘書役に「秘密と嘘」のマリアンヌ・ジャン=バティスタ、トムのベイルートでの恋人に「ブレイブハート」のキャサリン・マコーマック、さらにベルリンのアメリカ大使夫人役でシャーロット・ランプリングが出演。ミュアーと対峙するCIA幹部のスティーブン・ディレインはいかにも敵役という感じ憎々しい演技を見せている。
【データ】2001年 アメリカ 配給:東宝東和 東宝
監督:トニー・スコット 製作総指揮:アーミアン・バーンスタイン イアン・スミス トーマス・A・ブリス ジェームズ・W・スコッチドポル 原案・脚本:マイケル・フロスト・ベックナー 脚本:デヴィッド・アラタ 撮影:ダニエル・ミンデル 衣装デザイン:ルイス・フロッグリー 美術:ノリス・スペンサー 音楽:ハリー・グレッグソン・ウィリアムズ
出演:ロバート・レッドフォード ブラッド・ピット キャサリン・マコーマック スティーブン・ディレイン ラリー・ブリッグマン マリアンヌ・ジャン=バティスタ マシュー・マーシュ トッド・ボイス デヴィッド・ヘミングス ジェイムズ・オーブリー ベネディクト・ウォン ケン・リャン シャーロット・ランプリング