ザ・コンテンダー
アメリカで初の女性副大統領候補が過去のセックス・スキャンダルを暴かれ、窮地に陥る政治サスペンス。フランク・キャプラの映画のように主人公は自分の信念を貫き、民主主義を信じ、熱弁を振るうが、キャプラの映画ほど純真でも単純でもない。これは他の登場人物にも当てはまり、キャラクターが一筋縄ではいかない複雑さを備えている。映画は表面的にはハッピーエンドとなるし、そのように受け取ってもかまわないのだが、善悪を単純に色分けできず、極めて奥行きが深い。フェミニズムの観点からこの映画をとらえるのも間違いと思う。
監督・脚本のロッド・ルーリーはイスラエル出身。アメリカの政治に対してある程度の距離を保っているのはそのためかもしれない。どこか醒めた視線が感じられるのである。アカデミー賞でそれほどの評価がなかったのはアメリカの民主主義を信じているようで信じていない部分にアカデミー会員が敏感に反応したからではないか。にもかかわらずというべきか、だからこそというべきか、この映画は面白い。ミステリ的な要素を含み、主演のジョーン・アレン、ジェフ・ブリッジス、ゲイリー・オールドマンらが見応えのある演技も見せ、優れたエンタテインメントとなっている。
副大統領が死んで3週間。ジャクソン・エヴァンス大統領(ジェフ・ブリッジス)は後任の副大統領候補の選考を進めていた。そんな時、最有力候補とみなされたジャック・ハサウェイ(ウィリアム・ピーターセン)が釣りの最中に自動車事故と出くわす。車ごと湖に落ちた女性を助けようとハサウェイは湖に飛び込む。女性を助けることはできなかったが、ちょうど記者のインタビューを受けていた時だったため、ハサウェイの行為は報道され、世間の評価は一気に高まる。ハサウェイで決まりかと思われたが、大統領が候補に選んだのは女性上院議員レイン・ハンソン(ジョーン・アレン)だった。レインは共和党の大物政治家の娘で、共和党から民主党に鞍替えした経歴の持ち主だった。正式に副大統領になるには下院の司法委員会が開く聴聞会を経て、議会の承認を得なければならない。委員長を務める共和党のシェリー・ラニヨン(ゲイリー・オールドマン)はハサウェイと親交があり、レインの抜擢に不満を持っていた。かくして聴聞会ではレインの人格や資質に対して攻撃が集中する。学生時代にレインが乱交パーティーに出席した証拠写真が提出され、レインは決定的に不利な立場に陥る。しかし、レインは乱交パーティーについて否定も肯定もしない。毅然とした態度で受け流し、政策論争と政治姿勢で聴聞会を切り抜けようとする。
大統領から候補指名の電話を受けたとき、レインはズボンを脱いだハサウェイの傍らでベッドに横たわっている。ああ、これは夫ではなく、妻が副大統領になるという話かと早とちりしてしまった。そうではなく、レインとハサウェイは不倫関係にあるらしい。その後2人は他人の前では初対面のように装うのである。レインは今の夫も8年前に別の女性(マリエル・ヘミングウェイ)から略奪した経験がある。それも聴聞会では問題になるのだが、「不倫はしたことがない」と証言する。これは嘘なのである。ただし、これでレインの全人格が否定されるわけではない。レインの聴聞会での発言や演説には民主主義の理想や女性の地位向上への決意、優れた政治姿勢を表す感動的で力強いもので、政治家としてばかりでなく人間的にも共感すべき点が多い。ロッド・ルーリーの脚本はこうした人物の造型に深みがある。映画では悪役としての役回りになるが、ラニヨンのキャラクターもまた否定すべき部分だけではないのである。正しいだけの人間を評価するのではなく、善悪併せ持った人間の優れた部分は評価している。あるいは政治家を心底からは信用していない姿勢の現れなのかもしれない。
「スミス都へ行く」などのフランク・キャプラの映画でジェームズ・スチュアートが演じた正義感にあふれ、悪に染まらない高潔な人物像も僕は好きだが、今そういう描き方をすると、きれい事と取られかねない。政治に対して過剰な幻想を持たないルーリーの視点はなかなか面白いと思う。最終的にハッピーエンドとなるのは主に興行上の理由だろう。アカデミー主演女優賞にノミネートされたジョーン・アレンはその名に恥じない熱演だが、ジェフ・ブリッジスの風格のある演技、ゲイリー・オールドマンの凝ったメイクアップでの演技も見逃せない。
【データ】2000年 アメリカ 2時間7分 配給:日本ヘラルド映画
監督:ロッド・ルーリー 製作:マーク・フリードマン ダグラス・アーバンスキー ウィリー・ベア ジェームズ・スパイス 製作総指揮:DR.ライナー・ビンガー ゲイリー・オールドマン 脚本:ロッド・ルーリー 撮影:デニス・マロニー プロダクション・デザイナー:アレクサンダー・ハモンド コスチューム・デザイナー:マシュー・ジェイコブソン 音楽:ラリー・グループ
出演:ゲイリー・オールドマン ジョーン・アレン ジェフ・ブリッジス クリスチャン・スレイター サム・エリオット ウィリアム・ピーターセン ソウル・ルビネック フィリップ・ベイカー・ホール キャスリン・モリス