It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

サマーストーリー

「私を見つけに来たのね」
 「そう…。君を見つけに」

そう言ってフランクとメグは出会って3日目に結ばれる。フランクはロンドンから旅行に来た若い弁護士。メグはダートムア地方の村に住む農家の美しい娘。二人は出会った瞬間から恋心を募らせる。しかし結婚まで考えた二人に待っていたのは、悲劇的な結末だった…。ピアス・ハガード監督の「サマーストーリー」は甘く激しい夏の日の恋を描きながら、とても奥の深い厳しい描写に満ちている。単なるラブストーリーか青春映画だろうと思って見に行ったら途中から襟を正して見ることになり、ラストのエピソードに至って粛然とした気持ちにさせられた。珠玉という言葉がふさわしい名品である。

小さな田舎の村で暮らしていたメグにとって、都会から来たフランクは自分を狭い世界から連れ出してくれる存在に見えたことだろう。フランクにしてもメグに対する愛情に偽りはなかった。悲劇の始まりはメグの伯母が二人の感情を真剣なものとは認めず(あるいはお互い結婚できる立場にないとの判断から)、フランクを家から追い出そうとしたことだ。今世紀初めのイギリスでは都会の弁護士と田舎の娘との間にはかなり身分の差があったにちがいない。伯母は好意でしたことなのだ。二人は一緒にロンドンに逃げることを決意する。フランクが町の銀行で小切手を換金して、隣村で落ち合う計画。しかし銀行は旅行者のフランクをなかなか信用せず、換金できた時には間一髪の差で、列車が出ていった後だった。

しかも、学生時代の友人に出会ったことで、フランクの心は揺らぎ始める。「白馬に乗った王子様のように、彼女を救うつもりか」。友人の妹ステラの好意もそれに拍車をかけた。結婚は人の一生を左右する重大な問題だ。フランクは遂に列車には乗らず、待ちくたぴれたメグが町にやって来た時にも物陰に身を隠してしまう。ここの鏡を使った処理が効果的だ。浜辺でメグを見つけたフランクはこっそりと跡をついていく。声をかければ、メグとおそらく結婚することになる。決めかねないまま路地に入っていくと、メグが立ち止まる。振り返った時にちょうど鏡を積んだ馬車が通りかかる。メグがフランクを見かけたと思った瞬間に鏡がピカッと反射。目を開けた時にはフランクの姿は消えているのだ。一瞬の幻影。メグはそう思うことになる。

メグを十分に愛していながら、思わず隠れてしまったフランクのアンヴィバレンツな気持ちはよく分かる。まだ若すぎるのだ。それなのに人生を決めてしまっていいのか。メグが振り返ろうとしなければ、フランクはどこかで声をかけていたかもしれない。決心がつく前にそれが起きてしまったから、隠れざるをえなかったのだ。だから、フランクを女をもて遊んだだけの優柔不断なひどい男と決めつけてしまうのはかわいそうである。

映画は20年ぶりに村を訪れたフランクの回想として始まる。そして回想が終わった後で厳しい現実をつきつけてくる。謝罪か、青春の甘い思い出にひたるつもりかのどちらか自分でも分からないまま村に来たフランクにとって、それは衝撃的すぎることだったに違いない。

ハガード監督は以前にピーター・セラーズの「天才悪魔フー・マンチュー」を撮ったということだが、これはあのスラップスティックとは似ても似つかない文学的な香り高い作品である。原作はジョン・ゴールズワージーの「林檎の樹」。簡単な題名とは裏腹に深い含蓄が溢れる。あまりの素晴らしさに見終わった後、呆然としてしまった。(1989年10月号)

【データ】1988年 イギリス 1時間37分
監督:ピアス・ハガード 製作:ダントン・リスナー 原作:ジョン・ゴールズワージー 脚本:ペネロープ・モーティマー 撮影:ケネス・マクミラン 音楽:ジョルジュ・ドルリュー
出演:ジェームズ・ウィルビー イモジェン・スタッブス スザンナ・ヨーク

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