第9地区
主人公ヴィカス・ファン・デ・メルヴェ(シャルト・コプリー)が第9地区でエイリアンの謎の黒い液体を浴び、徐々に肉体がエイリアン化していく過程を見て、まるで塚本晋也「鉄男」のようだと思った。「鉄男」はホラーだったが、「第9地区」は社会派の要素も取り込んだSFエンタテインメント。難民キャンプに押し込められた180万のエイリアンたちは人種差別や難民差別を容易に思い起こさせる。
この構成はエイリアンの科学者への弾圧をユダヤ人迫害に見立てた1980年代のテレビドラマ「V」の例もあるので、目新しいとは言えないし、これがテーマかと言えば、むしろエイリアンと地球人の相互理解と交流の方が中心になっていて、それならば、過去の映画にたくさんの例があるなと思うのだが、過去のSFの模倣に終わらせず、さまざまな要素を独自の物語の中に溶け込ませている点が良く、きっちりと作っている点に好感を持った。枝葉末節にオリジナルな部分は少ないにもかかわらず、全体としてはとてもオリジナリティーを感じる作品だ。
クライマックスに活躍するパワードスーツが超国家機関MNU(マルチ・ナショナル・ユナイテッド社)の傭兵から大量の銃弾を浴びせられて倒れるシーンは「ロボコップ」を思い起こさせ、実写のパワードスーツと言えば、「エイリアン2」のパワーローダーが嚆矢だよなと思っていたら、監督のニール・ブロムカンプはSF映画のファンであり、好きな映画の中にこうした作品も入っているそうだ。ついでに言えば、倒れたパワードスーツがプシューっと開き、中の人間が顔をのぞかせるシーンの呼吸は「パトレイバー」や「攻殻機動隊」など日本製のロボットアニメの数々を参考にしたのに違いない。監督自身は「攻殻機動隊」と「アップルシード」の影響を認めている。
そうした過去の映画のエッセンスを31歳のブロムカンプは血肉にしているのだろう。次作は大量のロボットが登場する映画ということを聞けば、架空のニュース映像で構成される序盤は「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」や「クローバーフィールド HAKAISHA」などPOV(ポイント・オブ・ビュー)の映画ではなく、これまた「ロボコップ」の方が頭にあったのかもしれないなと思う。ヨハネスブルグ上空に浮かぶ巨大な宇宙船の光景はとてもシュールだ。そのシュールさ、日常の中の非日常にリアリティーを持たせるためのニュース映像の手法なのだろう。
エイリアンたちは強力な武器を持っているが、DNAが合致しないと動作しないため人間には操作できない。体の一部がエイリアン化したヴィカスにはそれが可能なため、ヴィカスを巡る争奪戦がメインプロットになる。争奪に加わるのは軍事企業の側面を持つMNUと、第9地区に住むナイジェリア人のギャングたち。恐ろしいことにヴィカス個人の命など何とも思ってない非情な連中である。スラム化した猥雑な第9地区を舞台に中盤からは三つどもえのアクションに次ぐアクションとなる。序盤がやや退屈なのは中盤以降の展開に説得力を持たせるタメの部分だからなのだろう。28年間、静止していた宇宙船がついに動き出すクライマックスとヴィカスの運命。さまざまな問題点を残したまま映画は終わり、続編に期待を抱かせる。
ブロムカンプの本当の評価も次作の出来がカギを握るだろうが、SF好きの監督が出て来たことはSFファンとしてはとても嬉しい。