It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

チェンジリング

クリント・イーストウッド自身による切ないメロディにまず心を奪われる。1928年のロサンゼルス。行方不明となった9歳の息子ウォルターを捜し求めるシングルマザー、クリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)の話かと思ったら、映画は腐敗したロス市警と猟奇的な犯罪を同時に描いていく。この3つのテーマがどれも高いレベルで融合している。イーストウッドの演出は的確で、どれも大変面白い。母親に共感し、警察の在り方に怒り、犯罪者に戦慄するという、感情的に大きく揺り動かされる映画である。締めくくりのセリフに「ホープ(希望)」を持ってきたのはエンタテインメントらしい在り方だと思う。

僕は見ていて君塚良一「誰も守ってくれない」との共通点を感じずにはいられなかった。ヒロインが自分を苦しめた精神病院の悪行を暴き、入院中に親しくなった女性患者と無言で視線を交わす場面などはいかにも娯楽映画的心地よさに満ちている。正しいことを貫き通すヒロインの在り方、希望を失わない在り方は単なるサイコな映画に落ちることなく、観客に共感を与えるだろう。「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」や「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」といった一生懸命作っていても十分には満足できない映画の後でこういう映画を見るとホッとする。イーストウッドの技術は言うまでもなくサム・メンデスやデヴィッド・フィンチャーよりも上なのであり、メンデスやフィンチャーの映画が良くできたアマチュア作品程度に思えてくる。

チェンジリングは取り替え子。同じ題名のホラー映画があったが、この映画に超自然的な要素はない。クリスティンの方不明となった息子は5カ月後、警察によって発見される。駅で一見して息子とは違うことが分かったが、メンツを重んじる警察はクリスティンの言うことに耳を貸さない。身長が7センチ低く、しているはずのない割礼をしていることを訴えても聞き届けられず、逆にクリスティンは精神病院に入れられてしまう。

なぜ、この子どもはウォルターと名乗っているのかも謎で、それを映画は終盤に明らかにするのだけれど、ここでは大きな問題ではない。悲嘆と絶望の涙にくれながらも押さえつける力に負けず、信念を曲げないヒロインが映画の中心から動かないのだ。アンジェリーナ・ジョリーはこの映画について、「これは、正義、民主主義、行動についての物語」と端的に語っている。その通りだと思う。

暗く重かった「ミスティック・リバー」を僕は好きではないけれど、同じく重たいテーマを含み、同じように色あせた色彩で描かれながらも、この映画にとても魅力を感じるのはこのヒロインがいるからだ。80年前の実際の事件を元にした映画でありながら、現在に通用するのも素晴らしい。権力の腐敗、戦慄の犯罪は今でもあるし、母親の子どもへの愛情も普遍的なものだ。視点が総合的なのである。だから単なる社会派映画にもサイコ映画にもならなかった。別にこの映画はイーストウッドのベストではないけれど、格の違いを見せられた思いがする。

イーストウッド作品は4月に「グラン・トリノ」が公開される。こちらはまったく傾向の異なる映画らしいが、楽しみに待ちたい。

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