It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

ダイ・ハード

黒人の巡査部長パウエル(レジナルド・ベルジョンソン)が主人公のニューヨークの警官ジョン・マクレーン(ブルース・ウィリス)と無線で連絡を取っているうちに友情を感じるようになる。パウエルは暗がりでオモチャのピストルを本物と間違え、13歳の少年を撃って以来、拳銃を人に向けることができなくなった。だから、今はしがない事務屋である。マクレーンは妻に「愛している」とは言っても謝ったことがない。日本の商社ナカトミの有能な社員となった妻と離婚寸前の状態にあるのは、そうした小さな積み重ねが起因しているのかもしれない。二人とも言わばエリート・コースからドロップアウトした下積みの警官だが、ビルを乗っ取った13人のテロリストたちとの戦いを通してその負の部分を克服していく。これは冒険小説(映画)の定石である。「ダイ・ハード」は快感原則に裏打ちされたエスカレーションに次ぐエスカレーションの凄まじいアクションを展開する映画なのだが、こうした人間描写の押さえるべきところはきっちリ押さえてある。だから、傑作なのだ。

本当にこの映画の脚本(ジェブ・スチュアート、スティーブン・E・デ・スーザ)は、素晴らしいとしか言いようがない。巧妙に伏線が張リ巡らされ、一つひとつの描写がまるでモザイク模様のように組み合わさっていく。ほれぼれするようなうまさだ。例えば、ジョンの妻ホリー(ボニー・ベデリア)が映画の初めの方で、一家4人の写った写真を伏せたのが、ラスト近くで大きなサスペンスとなってくるうまさ。ジョンが飛行機酔いを治すために、部屋の中で足の指を丸めていたばかリに素足でビルの中を走り回る羽目になる設定。そしてそれに付け入り、ガラスの破片を巻き散らすテロリスト。あるいはまた、単なる脇役かと思われたテレビ局の連中が、バカな放送をしたために危機に陥るジョン…。どんなに小さなエピソードも必ず本筋に絡んでくる。

アイデアも豊富にある。テロリストたちが、金庫を管理するコンピューターの七つのロックを順番にクリアしていくくだりなどは、これだけで1本の映画になるアイデアである(「ジャガーノート」が同じような趣向でしたね)。最後の電磁ロックを開けるためにはロサンゼルスの一角をXXにしなければならないが、それは予めテロリストたちの計算に入っていて、何とFBIがやってくれるのだ。まったく用意周到なプロの集団で肉体派から知能派までそろって魅力的だ。ためらわずに拳銃を向けるのがいかにもプロらしい。中盤、ポスのハンスとジョンが偶然に出会ってしまう場面は、ディック・フランシスの傑作「奪回」を思わせる。

この脚本があったからこそ、あの「プレデター」のジョン・マクティアナンでもこんなに面白い映画にすることができたのだ。警察の装甲車をテロリストがロケット砲で攻撃し、その報復にジョンがビルの1つのフロアを起爆剤でぷっ飛ばすシーンは、マクティアナンの演出のダイナミズムによって極めて効果的で高揚感すらある。そうしたアクション・シーンを支える細部の数々はすべて脚本の力によるものなのだ。破壊に終始する映画はどんなに大掛かリなものであっても、それが必然性のないアクションから派生していては空しいものである。それを僕らは過去の多くの作品から知っている。この映画の場合、それを見事にクリアしているのだ。10年に1本の傑作、などとケチなことは言わない。「ダイ・ハード」は映画をどこまで面白くできるかを突き詰めた、希有な作品だ。アクション映画だ何だというジャンルをはるかに超えて、これはひとつの立派な作品なのである。(1989年3月号)

【データ】1988年 アメリカ 2時間12分
監督:ジョン・マクティアナン 製作:ローレンス・ゴードン ジョエル・シルバー 原作:ロデリック・ソープ 脚本:ジェブ・スチュアート スティーブン・デ・スーザ 撮影:ヤン・デ・ボン 音楽:マイケル・ケイメン
出演:ブルース・ウィリス ボニー・ベデリア レジナルド・ベルジョンソン アラン・リックマン アレクサンダー・ゴドノフ

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