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シネマ1987online

ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間

大衆化したデヴィッド・リンチに興味はない。テレビシリーズの「ツイン・ピークス」後半を見ながらそう思っていた。このテレビシリーズはパイロット版(ビデオの序章)が最も出来が良く、以後、これを超えるインパクトは持ち得なかった。登場人物たちは相変わらず奇妙なのだが、それが一つのキャラクターに定まると、話が分かりやすくなってしまうのである。序章のラストで突然、赤いカーテンの部屋に場面が飛ぶような訳の分からなさの魅力(?)はなくなった。しかし映画版はそうした大衆性を拒否している。生前のローラ・パーマーに焦点を当てただけに話が単調なのが難だが、リンチらしいタッチが随所に溢れ、それなりに見ごたえがあった。

映画はオール・アバウト、ローラ・パーマー(シェリル・リー)の趣である。主人公はFBIのライル・クーパー(カイル・マクラクラン)ではなく、ツイン・ピークスという町自体でもなく、邦題そのままに、死に至るまでの7日間のローラ・パーマーなのである。ローラが清楚な外見とは異なり、ドラッグとセックスに溺れた少女であったことはテレビシリーズでも明らかになったのだが、映画ではそれが執拗に描かれる。テレビに比べれば、登場人物がずっと少なく、エドもネイディーンもブリッグス少佐も、もちろんジョシーもハリーもアンディもルーシーもオードリーさえ出てこない。登場するのはローラと親友のドナ、ローラの両親とボーイフレンドのボビーとジェームズ、そして本当の殺人犯人であるキラー・ボブと小人、申し訳程度にクーパー、アルバート、リンチ自身が演じるゴードン(最初に出てくる!)ぐらいなのである。だからこれがツインピークスという町の奇妙さを描きだす映画になるはずはなく、あくまでもローラの映画なのであった。

世界でいちばん美しい死体を演じ、ローラのいとこマティ役を演じたとは言っても、シェリル・リーのテレビ版「ツインピークス」での活躍の機会は極めて少なかったのだが、この映画では思う存分その魅力を発揮している。セックスとドラッグに溺れながらも、やはりローラは悪い少女ではなかったという常識的な結論には少しがっかりもするのだけれど、少なくともシェリル・リーの熱演に関する限り、この映画に文句をつける筋合いはまったくない。

逆に言えば、そこが大きな不満となる。テレビシリーズを補完する役目に終わってしまい、スケールが小さいのである。最初にあるテレサ・バンクス事件は単なる導入部に過ぎず、あってもなくてもいいエピソード。そこに登場する指輪というガジェットもほとんど意味を持たない。デヴィッド・ボウイやキーファー・サザーランド、ハリー・ディーン・スタントンなどは、いったい何をしに出てきたのか分からないくらいである。“すべての謎が明らかになる”というコピーとは裏腹に結局、映画ではボブの本当の正体も赤いカーテンの部屋の秘密もよく分からないままだ。

世の中には「なんだか良く分からないけど傑作」と感じさせる映画が確かにある。残念ながら、この映画はそこまで行っていない。ただ興味をそそられるのは、リンチの天使へのこだわりだ。前作「ワイルド・アット・ハート」でシェリル・リーは天使の役を演じたが、この映画でも天使は重要な役割を持っている。気恥ずかしいくらいに率直なメタファーで、普通の映画であれば、大笑いするような使い方なのだが、違和感がない。あっけにとられるほど能天気だった「ワイルド…」のラストと、その点では共通している。(1992年6月号)

【データ】1992年 アメリカ 2時間15分
監督:デヴィッド・リンチ 製作総指揮:マーク・フロスト 製作:グレッグ・フィンバーグ 脚本:デヴィッド・リンチ ロバート・エンゲルス 撮影:ロン・ガルシア 音楽:アンジェロ・バダラメンティ
出演:カイル・マクラクラン シェリル・リー デヴィッド・ボウイ キーファー・サザーランド デヴィッド・リンチ モイラ・ケリー メッチェン・アミック ヘザー・グラハム

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