It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

ミュンヘン

「ジャーヘッド」パンフレット

ジャーヘッドとは米海兵隊員の俗称。1991年の湾岸戦争を経験したアンソニー・スオフォードのベストセラー「ジャーヘッド アメリカ海兵隊員の告白」を「ロード・トゥ・パーディション」のサム・メンデス監督が映画化した。劇中にある「4日と4時間と1分で戦争が終わった」という表現は地上戦が始まった1991年2月24日から28日までを指す。

ただ、見ているうちにくすぶってくる不満は、テロの恐怖や無意味さを描くのなら、自分の国を取り上げてはどうか、ということだ。30年以上前の他国のテロに仮託して現在のテロの恐怖を描く方法は宇宙人の殺戮にテロを重ねた前作「亀も空を飛ぶ」のような衝撃をこの映画は持ちようがないし、結局、テロの恐怖が一般論に終わってしまう。一級のサスペンス映画になった完成度の高さに感心する一方で、そういう不満を抱いてしまう映画である。

1972年9月。ミュンヘン・オリンピックの選手村に「黒い9月」を名乗るパレスチナゲリラが侵入し、イスラエルの選手・役員11人を人質に取る。「黒い9月」はイスラエルに収監されているパレスチナ人の釈放を要求するが、イスラエル政府は拒否。当時の西ドイツ政府は犯行グループを国外に脱出させることで合意する。しかし空港で銃撃戦が始まり、人質11人は全員殺される。映画は冒頭でこの事件の概要を描いた後、イスラエル政府の報復を描く。ここからが本題である。政府は事件を首謀した11人のPLO幹部の暗殺を決定し、諜報機関モサドの中から5人の暗殺チームを組織する。リーダーのアヴナー(エリック・バナ)は妊娠7カ月の妻を残し、ヨーロッパに旅立つ。仲間は車両のスペシャリスト、スティーブ(ダニエル・クレイグ)、暗殺現場の後処理を担当するカール(キアラン・ハインズ)、爆弾製造のロバート(マチュー・カソビッツ)、文書偽造のハンス(ハンス・シジュラー)の4人。フランス人の情報屋ルイ(マチュー・アマルリック)から情報を買い、5人は次々に標的を始末していくが、やがて5人の存在は敵に知られ、チームは一人また一人と殺されていく。

最初の1人は銃で撃って倒すが、その後は爆弾で始末していく。爆弾を使うことでマスコミに取り上げられ、相手に恐怖を与えるために政府からもそう指示されているからだ。電話やテレビ、ベッドに仕掛けた爆弾での暗殺はそれぞれにサスペンスの仕掛けがあって面白い。イスラエルの選手がゲリラに顔を銃で撃たれて両方の頬に穴が開く描写や、撃たれた女殺し屋がしばらくして首の銃創から血をドクドクと噴き出す描写、腹に響く爆発音などなどリアルな場面がたくさんある。

こうした描写やサスペンスがあまりに面白いので「シンドラーのリスト」のような社会派の映画を見るつもりが、スパイ映画の傑作を見せられたような気分になる。スピルバーグの技術はそういう場面を的確に撮ることに長けているのだ。だから主題と内容の面白さとの間にアンビバレンツな気分が起こってきてしまう。「自分たちは高潔な民族じゃなかったのか」。メンバーの一人が言うように暗殺を続けていくうちにアヴナーの心にも迷いが起きる。1人を殺してもすぐに後任が出てくることで自分たちの使命に意味を見いだせなくなり、自分が殺されることの恐怖もわき上がってくる。そうした苦悩が描かれていくのは過去のヤクザ映画やギャング映画と同じ構図である。そうしたジャンルの中で「ミュンヘン」はトップクラスの面白さを誇っているのだけれど、テロとその報復を描いてそんな風な映画の在り方でいいのかという気分になってくる。スピルバーグの面白さを追求した技術はフィクションを描くにはとても有効だが、現実のテロを描くには向かないのではないか。現実から乖離したフィクションのようになってしまうのである。

【データ】2005年 アメリカ 2時間44分 配給:アスミック・エース
監督:スティーブン・スピルバーグ 製作:キャスリーン・ケネディ バリー・メンデル スティーブン・スピルバーグ コリン・ウィルソン 脚本:トニー・クシュナー エリック・ロス 参考図書:ジョージ・ジョシュナー「標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録」 撮影:ヤヌス・カミンスキー プロダクション・デザイン:リック・カーター 衣装デザイン:ジョアンナ・ジョンストン 音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:エリック・バナ ダニエル・クレイグ キアラン・ハインズ マチュー・カソヴィッツ ハンス・ジシュラー ジェフリー・ラッシュ アイェレット・ゾラー ギラ・アルマゴール ミシェル・ロンズデール マチュー・アマルリック モーリッツ・ブライトブロイ

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