It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

ミリオンダラー・ベイビー

「ミリオンダラー・ベイビー」パンフレット

アカデミー主要4部門受賞。それが当然の傑作だと思う。F・X・トゥールの短編をテレビの脚本が多いポール・ハギスが脚本化し、クリント・イーストウッドが監督した。予告編はボクシング映画にしか見えなかったが、イーストウッドは、この優れた脚本がボクシング映画ではなかったから監督を引き受けたのだという。原作を読んでいたので終盤の展開に驚きはしなかったけれど、逆に原作の終盤をそのまま映画にするのは(興行的側面を考えると)難しいと僕は考えていた。だから、この映画がうまく成功していることに感心せざるを得なかった。それは主要登場人物の背景をしっかりと描き込んだからにほかならない。イーストウッドがプロだと思うのは大衆の視点で映画を作り、自己満足のためだけの映画を作る考えなど微塵もないことだ。主演のヒラリー・スワンク、イーストウッド、モーガン・フリーマンの深みのある演技が加わって、この厳しい映画を見事なものにしている。

主人公のマギー(ヒラリー・スワンク)は家族のためにウェートレスとして働き、貧しさからはい上がるためにボクシングを始める。31歳。老トレーナーのフランキー(クリント・イーストウッド)はTough ain't Enough(タフなだけでは十分じゃない)と言って依頼を断るが、マギーは秘かにジムのスクラップ(モーガン・フリーマン)の指導を受ける、マギーの熱心な練習を見たフランキーもトレーニングを指導するようになる。試合に出たマギーは圧倒的な強さを見せて連戦連勝。やがてタイトル戦に挑戦する。

これがそのままうまくいけば、よくあるアメリカン・ドリームを描いた映画になるが、終盤の展開でこの物語はアメリカン・ドリームとは違う人の尊厳と、人と人との深い絆を描くことこそが狙いだったことが分かる。

マギーが食堂で客が食べ残した肉を持ち帰るシーンや切りつめて貯めた小銭でスピードバッグを買うシーン、ジムで毎晩遅くまで残って練習するシーンなどで映画は貧しいマギーの切実さと一途さを描き出し、観客のハートをしっかりと掴んでしまう。家族との関係は原作以上に悲痛である。マギーがファイトマネーで母親のために家を買うエピソードは原作にもあるが、映画はマギーをまったく理解しない母親を原作以上に詳しく描く。家族のためを思ってボクシングを始めた娘に対して母親は「お前、このあたりで笑い者になってるよ」と冷たく言い放つ。出した手紙がそのまま返ってきても娘への手紙を書き続けるフランキーとマギーは、だから父娘のような関係になる。親に理解されない子供と子供に理解されない親が疑似家族的な絆を深めていく過程に無理がない。そうならざるを得なかった2人の絶望的な孤独が痛ましい。「ミスティック・リバー」にあった氷のように冷たい感触はこの映画の根底にも流れている。

映画は原作の行間を補完するように描写を積み重ねているが、逆に原作にあって映画にないのはマギーが父親の思い出を語るシーン。マギーの父親は長距離トラックの運転手で、家族のために懸命に働き、自分のためには仕事着と噛み煙草にしか金を使わなかった。12歳の時に父親は癌で死に、マギーの中でも何かが死ぬ。そしてマギーは16歳から働き始めるのだ。このエピソードはあった方が父親を亡くしたマギーがフランキーとの絆を深めていく過程に説得力を持たせただろうが、その代わりに映画は原作には登場しないモーガン・フリーマンを登場させることで、フランキーの過去と人間性を浮き彫りにしている。取捨選択に間違いはないと思う。

原作の後書きによれば、2002年に72歳で亡くなった原作者のトゥールはこう言ったという。「自分は、すべての女性との関係に失敗し、父親としても失敗し、闘牛士としてもマトダールにはなれなかったし、確かに物は書きはしたが、小説家とは言いがたい」。小説にある敗者に向ける視線の厳しさと切実さは映画にそのまま受け継がれている。「ミリオンダラー・ベイビー」とは1試合で100万ドル稼ぐ女性ボクサーを意味するが、同時にマギーやフランキーのような存在こそが100万ドルの価値を持つ人間であると言っているように思えてくる。

【データ】2004年 アメリカ 2時間3分 配給:ムービーアイ=松竹共同配給
監督:クリント・イーストウッド 製作総指揮:ロバート・ロレンツ ゲイリー・ルチェッシ 製作:クリント・イーストウッド ポール・ハギス トム・ローゼンバーグ アルバート・S・ラディ 原作:F・X・トゥール 脚本:ポール・ハギス 撮影:トム・スターン 美術:ヘンリー・バムステッド 音楽:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド ヒラリー・スワンク モーガン・フリーマン アンソニー・マッキー ジェイ・バルチェル マイク・コルター ブライアン・F・オバーン マーゴ・マーティンデイル ネッド・アイゼンバーグ ブルース・マクヴィッティ

TOP