マン・オン・ザ・ムーン
1984年に35歳で亡くなった伝説のコメディアン、アンディ・カフマンの生涯を綴った映画。カフマンよりずっと素晴らしいコメディアンのジム・キャリーが主役を演じ、ゴールデングローブ主演男優賞を受賞した。カフマンと誕生日が同じのキャリーはカフマンに尊敬の念を抱いているそうで、自分から製作者のダニー・デビートに役をオファーしたという。カフマンそのものになりきったような演技を見せ、少なくともジム・キャリーに関してはこの映画、文句をつけるところはまったくない。ミロシュ・フォアマンの演出は手堅いし、映画自体の出来も決して悪くないのだが、困ったことに今ひとつカフマンの実像についてはよく分からない。女性相手にプロレスを演じたり、舞台で「華麗なるギャツビー」を延々と朗読したり、観客をわざと怒らせたりするパフォーマンスは僕には理解不能だ。バックステージものとして興味津々の展開ながら、カフマンその人の掘り下げ方は足りなかったように思う。
カフマンはコメディアンと言われているけれど、自分のことをそう思っていたかどうかは極めて疑わしい。最初にクラブで小話をやれと言われた際に「僕はソング・アンド・ダンス・マンだ」と言って断るし、テレビのシットコム(シチュエーション・コメディ)「タクシー」への出演も嫌々ながら引き受けたのだ。カフマンはこの「タクシー」で一躍人気者になるが、番組自体を馬鹿にし、ラトカというその役名で呼ばれることも嫌っていたようだ。大学での公演でラトカを要求する学生に対して「華麗なるギャツビー」を朗読するのは反発もあったのではないか。そして突然、カフマンは女性相手のプロレスを始めてしまう。きっかけはテレビでプロレスを見て、「自分もヒール(悪役)になれないか」と考えたことだった。本物のプロレスラー相手ではかなわない。でも女性相手ならヒールになれる。そうしてプロレスを続けた結果、カフマンは本当にヒールになってしまい、視聴者から反発を買う。非常識な行動もあり、テレビからほされてしまうことになる。
少なくとも愛すべきコメディアンなどではなく、いたずらをして喜ぶ子どもがそのまま大人になったようなふるまいを続けるのだ。しかし無邪気というのでもない。ラスベガスの毒舌の歌手トニー・クリフトンになりすまし、観客に罵声を浴びせるかと思えば、テレビでやらせの喧嘩をしてプロデューサーと殴り合う。ホントならその後で「あれは嘘でした」と打ち明ければ、ギャグになるのだが、そうしないのである。カフマンは自分一人でこうした行為を喜んでいたようだ。これはコメディとは違うし、前衛的なものでもない。“時代を先取りしたコメディアン”と言う人もいるけれど、単なる矮小な自己満足の世界に過ぎない。脚本家のラリー・カラザウスキーはこう語っている。「いくらアンディの仮面をはぎとっても、またその下には仮面が隠れていて、彼を愛していた人間や近かった人間でも、一様に頭をかいてしまう。だから、僕たちは理解するのをあきらめたんだ」。理解しないまま書いた脚本で観客が理解できるわけがない。
史上最低の映画監督を題材にしたティム・バートン「エド・ウッド」が素晴らしかったのはバートンが完璧にファンタジーとして描いていたからだと思う。実際のエド・ウッドの映画製作の在り方をなぞっているようで、実はあの映画、映画への愛を綴ったファンタジー以外のなにものでもなかった。実在の人物を描くにはバートンの手法を採るか、事実に限りなく肉薄するかのいずれかしかないと思う。この映画に問題があるとすれば、それが中途半端になってしまったことだ。肺ガンにかかったカフマンはカーネギーホールで最後の素敵なショーを見せる。終わったあと、観客全員にミルクとクッキーもふるまう。映画はこの場面をカフマンが真に願っていたショーを死ぬ前に実現したように描くけれど、このショー、実はプロレスを始めた1979年に開いたものなのである。
カフマンがどんなことをやったかはとりあえず、この映画で分かる。しかしその解釈は不十分だ。ミロシュ・フォアマンの資質から言えば、カフマンがテレビからほされた後をリアルに描いた方が良かったのではないかと思う。映画の嘘を取るか、真実を追求するか、どちらかに決めた方が良かった。
【データ】1999年 アメリカ 1時間59分 ミューチュアル・フィルム・カンパニー ユニバーサル映画提供 配給:丸紅 東宝東和
監督:ミロシュ・フォアマン 脚本:スコット・アレクサンダー ラリー・カラザウスキー 製作:ダニー・デビート ステイシー・シェール マイケル・シャンバーグ 共同製作:ボブ・ズムダ 撮影:アナスタス・ミチョス プロダクション・デザイナー:パトリツィア・フォン・ブランデンスタイン 音楽:R.E.M 音楽スーパーバイザー:アニタ・カマラータ 衣装:ジェフリー・カーランド
出演:ジム・キャリー ダニー・デビート コートニー・ラブ ポール・ジアマッティ ビンセント・スキアヴェリー ピーター・ボナース ジェリー・ベッカー レスリー・ライルス ジョージ・シャピロ ボブ・ズムダ シェリー・ロウラー トニー・クリフトン J・アラン・トーマス ランダル・カーヴァー ジェフ・コナウェイ バド・フリードマン メリル・ヘナー シャド・ハーシュ キャロル・ケイン デヴィッド・レターマン クリストファー・ロイド ローン・マイケルズ ポール・シェーファー