マトリックス
スタイリッシュなSFアクション。と、見る前は予想していた。しかししかし、単にスタイリッシュなだけではない。根本にあるアイデアがしっかりしているし、これは本格SFとしても十分通る出来である。絶望的な現実世界とサイバースペースを舞台に、「ブレイド」のようなカンフーアクションと「ブレードランナー」のような世界観と「ダークシティ」のような悪夢が繰り広げられる。「攻殻機動隊」など日本のアニメーションの設定までも取り入れて、これはもうSF映画のアイデア集大成。しかも、めっぽう面白い。まさか、これほどまでの映画とは思ってもいなかった。「2001年宇宙の旅」「スター・ウォーズ」「ブレードランナー」に比肩するSF映画のマイルストーンであり、金字塔。傑作。必見。今年のベスト。
「考えるな。無心で打て」。モーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)のこのセリフを聞いて、「考えるな。肌でつかめ」を思い出さなかったら、アクション映画ファンとしてはまず失格だろう。言うまでもなく、後者のセリフはブルース・リーが「燃えよドラゴン」の冒頭で少年に対して言う言葉だ。「マトリックス」はそんな風に香港映画の影響が色濃くある。というよりは積極的に香港アクションを取り入れており、「酔拳」のユアン・ウー・ピンを招いてアクションを監修させているのだから、カンフーも本格的なわけである。そして香港映画得意のワイヤーアクションも本場をしのぐほどたくさん登場してくる。トリニティ(キャリー=アン・モス)が飛び上がったところをカメラがグルリと回転してスローモーションで映す場面やビルからビルへと大ジャンプする場面など、そのかっこよさといったらない。「ブレイド」の評でも書いたけれど、香港映画はアメリカ映画に深く深く浸透してきたようだ。
SF的な評価で言うなら、ここまで絶望的な未来世界(ディストピア)は極めて珍しい。人類はコンピューター(AI)に敗れて奴隷になっており、単なるエネルギー源になりはてている。機械が反乱を起こし、戦争が続く「ターミネーター」などよりも残酷で厳しい。人類はコンピューターが作った仮想現実のなかで、それを知らぬまま生かされているのだ。主人公のネオ(キアヌ・リーブス)もまた、ソフトウエア会社に勤める自分の生活に何の疑いも抱いていなかった。しかし、ある日、パソコンの画面に謎の文字が浮かび上がる。「白ウサギについていって」。そこからネオは現実世界に目覚めることになるのだ。
「流れよわが涙、と警官は言った」などフィリップ・K・ディックの一連の作品を僕は思い出してしまった。自分が現実と思っていた世界が揺らぎ、本当の世界が姿を見せてくる。そんな世界観のゆらめきをウォシャウスキー兄弟は見事に描き出した。本物とシミュレイクラ(偽物)…。世界の構築という点で「ブレードランナー」を比較に出したのだったが、考えてみれば、「ブレードランナー」(「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」)もまたディック原作だったではないか。
パンフレットにサイバーパンクの創始者ウィリアム・ギブスンが好意的な文章を寄せている。ギブスン原作で、同じキアヌ・リーブス主演で作られた「JM」の退屈さは主にビジュアルイメージの貧困さからくる世界観の構築の弱さが主因だったように思う。あれ、ストーリー自体は決して悪くなかったのだ。「マトリックス」は現実世界や人が入れられるポッド、AIの攻撃ロボットなどのコンセプトデザインを手がけたジェフ・ダローが非常にいい仕事をしている。「エイリアン」のH・R・ギーガーと同じくらいの出来であり、世界の構築に成功したのはダローの存在も大きかったようだ。よく言われるように「SFは絵」なのである。
ラスト、ネオはスーパーヒーローとして再生する。この映画の唯一の欠点はなぜ、救世主がネオだったのか、まったく説明されていない点だ。それは今後作られる予定の続編で解き明かされていくのだろうか。
【データ】1999年 アメリカ映画 2時間16分
監督・脚本:アンディ&ラリィ・ウォシャウスキー兄弟 製作:ジョエル・シルバー 音楽:ドン・デイビス 撮影:ビル・ポープ 視覚効果監修:ジョン・ゲイター
出演:キアヌ・リーブス ローレンス・フィッシュバーン キャリー=アン・モス ヒューゴ・ウイービング グローリア・フォスター