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山の郵便配達

「山の郵便配達」

中国・湖南省の険しい山岳地帯の集落に郵便を配達してきた父親と、それを引き継ぐことになった息子の話。長年、郵便配達を続けてきた父親は足を痛め、支局長から退職を勧告される。息子は公務員になれば、幹部への道も開けると志願するのだが、重い郵便バッグを背負って山道を3日間歩きづめの配達は想像以上に大変な仕事である。映画は初めて配達に行く息子とそれに付き添う父親の姿を通して、親子の本当の理解と家族の関係を情感を込めて描く。原作は42ページしかない短編。ス・ウの脚本はこの小説を驚くほど豊かに膨らませている。細部を具体的に語り、父子の関係に的確なエピソードを付け加え、小説が描こうとしたテーマを見事に語り直している。その手法には感心させられる。この見事な脚本を監督のフォン・ジェンチイは美しい風景とともに描いており、映画は小説以上の出来と言っていい。

映画で感動的なシーンの一つに次のようなエピソードがある。ある集落の外れに目の見えない老婆が一人で住んでいる。老婆は都会に出ていった孫からの仕送りと一緒に入った手紙が届くのを楽しみにしている。父親は長年、その手紙を読んでやってきた。しかし、実は紙には何も書かれていず、父親の創作だった。父親は老婆の胸中を思いやって長年それを続けてきたのだ。仕事のために家にいることが少なく、息子は父親とまともに口をきいたことがなかった。今も“あんた”と呼ぶが、3日間の仕事を通して父親の本当の生き方を理解する。美しい村の娘と息子との出会いを見て、父親は自分と母親の出会いを回想する。ここにあるのは貧しいけれども真っ当な生き方であり、人生の区切りを迎えた父親の深い感慨である。

ただし、映画には父親の足を痛めつけた川の水の冷たさが少し欠けている。具体的な描写を織り込んだ結果、父親のキャラクターが生真面目すぎるものになったのも残念。同じように山で働いてきた他の公務員は次々に幹部になっていったのに、愚直なまでに正直な生き方をしてきた父親は村人たちから感謝はされていても、社会的な地位という意味では何も報われない。だが、愚痴一つこぼさない。息子にも愚痴をこぼしてはいけないと戒める。映画自体の完成度が高いのを認めた上で書くと、こういう人物を描く映画は国家にとってはまことに都合がいいと思う。むろん、この映画が海外の映画祭でも評価されたのは父と息子の関係をメインに据えたストーリーが胸を打つからだが、父親は自分に与えられた仕事は懸命に果たし、不正は許さないという、道徳に出てくるような(国にとっては)模範的な人物なのである。こういう人物ばかりであれば、国は平気で人を使い捨てにするだろう。

恐らく作者たちは少しも意図しなかったであろう、そういう部分が少し気になる。だから父親のストイックな生き方に感銘を受けながらも、映画に対してアンビバレンツな思いを抱かざるを得ない。チャン・イーモウ「初恋のきた道」は少女の一途な恋心の描写に普遍性があって支持を集めた。この映画にも普遍性はあるが、ここで描かれる普遍性が常に正しいとは限らないのである。もちろん、父親は小説でも生真面目な男として描かれるのだが、それ以上に感じるのは老いを迎えた男の切なさなのである。映画はもっと父親の視点で統一した方が良かったのかもしれない。細部を膨らませすぎることで余計な要素が交じる場合もあるのだ。

監督のフォ・ジェンチイはこれが3作目。ポン・ヂェンミンの原作「那山 那人 那狗」(あの山 あの人 あの犬)は1983年の全国優秀短編小説賞を受賞。監督は「息子に背負われた父が涙を流すところで、映画化のインスピレーションを」受けたそうだ。確かにここは原作の大きなポイントとなっている。父親役のトン・ルウジュンが素晴らしくリアルな演技を見せるのに対して、息子役のリィウ・イエはやや未熟な部分が目に付いた。

【データ】1999年 中国 1時間33分 配給:東宝東和
監督:フォン・ジェンチイ 製作総指揮:カン・ジェンミン ハン・サンビン 原作:ポン・ヂェンミン 脚本:ス・ウ 撮影:ジャオ・レイ 音楽:ワン・シャオフォン 美術:ソォン・ジュン 衣装:リ・フォイミン
出演:トン・ルゥジュン リィウ・イェ ジャオ・シィウリ ゴォン・イエハン チェン・ハオ リ・チュンフォア ヤン・ウェイウェイ ダン・ハオ ホァン・ウェイ ワン・ユイ

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