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シネマ1987online

Planet of the Apes 猿の惑星

「猿の惑星」

1968年の傑作「猿の惑星」のリ・イマジネーション(再創造)。と言えば、聞こえはいいが、旧作の設定に多くを借りている。猿に支配された惑星という設定が同じであるなら、なぜそうなったのかという秘密に知恵を絞る必要があったのに、3人の脚本家が考え出した秘密はそれほど意外なものではない。これはクライマックスの直前に明かされるので、この映画が狙ったのはこの秘密だけではないのかもしれないが、困ったことにほかに見るべきものもないのである。しかもこのアイデア、大作にふさわしくない極めて小粒なものと言うほかない。B級映画を見せられたような印象を受けてしまうのである。アイデアが貧困すぎる。旧作のラストは大きな悲劇を浮き彫りにした鮮烈なものだった。今回は主人公にとっては悲劇かもしれないが、観客にとっては喜劇にすぎない。33年間の技術的な進歩を反映してリック・ベイカーが担当した猿のメイクアップは見事なものだけれど、舞台となる惑星の雰囲気、猿社会の描写があっさりしており、基本的なプロットも旧作をほとんどそのままなぞっただけのものである。これではリメイクの意味がないし、ダークな世界の構築が得意なティム・バートンが監督する必要もない。旧作のラスト、壊れた自由の女神像のワンショットを凌駕するイメージはついになかった。

2029年、深宇宙を探査中の宇宙船オベロン号が磁気嵐に遭遇する。乗組員は調査のため、遺伝子操作で知能を高めたチンパンジーを乗せたポッドを射出するが、交信を断つ。チンパンジーの世話をしていた宇宙飛行士のレオ・デヴィッドソン(マーク・ウォルバーグ)はチンパンジーを捜して同じポッドで飛び出していく。しかし、レオも磁気嵐に巻き込まれ、ワームホールに吸い込まれてしまう。というオープニングの描き方からどうも深みが足りない。舞台は猿の惑星なのだから、早くそこに行かせてしまえという意図が見え見えである。ポッドはある惑星に不時着。そこは猿が暴力で人間を支配した社会だった。レオは奴隷商人リンボー(ポール・ジャマッティ)に捕らえられるが、人間に理解を示すチンパンジーのアリ(ヘレナ・ボナム=カーター)の助けを借り、レオと一緒に捕らえられたディナ(エステラ・ウォーレン)らと脱出。交信機を頼りにオベロン号を捜し始める。人間に敵意を燃やすセード将軍(ティム・ロス)は執拗な追跡を開始する。

セード将軍はティム・ロスの柔和な表情とは大違いの上目遣いの凶暴な面構え。行動も残忍で、思いを寄せるアリが人間に好意を持ったと知ると、手のひらに焼き鏝を押したりする。セード将軍に限らず、猿の行動は大きくジャンプしたり、高所に登ったりと実際の猿に似せて演出してある。メイクアップの進歩で旧作に比べて表情も豊かに表現できるようになっている。ただ、こうしたことはあまり本筋とは関係ない。なぜ猿が人間並みの知能を持ったかについては一応の理屈はあるけれど、人間並みの体格になる説明にはなっていないと思う。これは旧作を通じての疑問なのだが、この映画の場合はたかだか数千年のオーダーで語られるので、どうも辻褄が合わない感じを受ける。だいたい、ゴリラ、チンパンジー、オランウータンと多くの種類の猿が発生する理由にはなっていない。あの○○にはそんなに多くの種類の猿がいたのか?

旧作は作られた時代背景から公民権運動と絡めて語られる側面があった。しかし、そんなことを抜きにしても映画として面白く作られていた。これは猿の惑星の謎を“最後の一撃”だけにした脚本がうまかったのだと思う。途中のドラマ、苦難に陥る主人公のスリルとサスペンスも面白かった。旧作とは違うものを作ろうとして、結局、メイクアップやSFXでしか旧作を超えられないのでは情けない。ティム・バートン、今回は異世界の構築に失敗している。

【データ】2001年 アメリカ 1時間54分 配給:20世紀フォックス
監督:ティム・バートン 原作:ピエール・ブール 脚本:ウィリアム・ブロイルス・Jr ローレンス・コナー マーク・ローゼンタール 製作:リチャード・D・ザナック 製作総指揮:ラルフ・ウィンター 撮影:フィリップ・ルースロ プロダクション・デザイン:リック・ヘインリックス 衣装デザイン:コリーン・アトウッド 音楽:ダニー・エルフマン 特殊メイクアップ:リック・ベイカー 特殊視覚効果:インダストリアル・ライト&マジック
出演:マーク・ウォルバーグ ティム・ロス ヘレナ・ボナム=カーター マイケル・クラーク・ダンカン エステラ・ウォーレン ケリー・ヒロユキ・タガワ デヴィッド・ワーナー クリス・クリストファーソン チャールトン・ヘストン

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