HERO
「初恋のきた道」のチャン・イーモウ監督が手がけたアクション映画。戦乱の続く紀元前200年の中国を舞台に秦王を狙う刺客とそれを倒したと秦王に名乗り出た男の物語である。ジェット・リー、トニー・レオン、マギー・チャン、チャン・ツィイー、ドニー・イェンとスターをそろえ、VFXも本格的な超大作。ジェット・リーとドニー・イェンの対決とか、雨のように降りそそぐ矢とか見ごたえのあるシーンが多い。特筆すべきはワダエミの担当した衣装で、赤、青、白と物語に応じて使い分け、強いアクセントを与えている。画面の色彩設計ではこのほか、チャン・ツィイーとマギー・チャンの決闘シーンで、黄色のイチョウの森が一瞬にして赤に染まるシーンなど見事なものである。しかし、残念ながらドラマがやや起伏に欠ける。いくら剣の達人ばかりとはいっても、登場人物たちのエモーションがあまり表面に出てこないのである(感情を最も表出させているのは剣の達人ではないチャン・ツィイーだ)。見事なアクションの必然性を生む芯の部分が弱かったと言うべきか。格調高い出来であるだけに惜しい。
後に始皇帝となる秦王(チェン・ダオミン)のもとに無名と名乗る男(ジェット・リー)がやってくる。無名は秦王を狙う刺客の長空(ドニー・イェン)、残剣(トニー・レオン)、飛雪(マギー・チャン)を倒したと話す。どうやって倒したのかと問う秦王に無名はそのエピソードを語り始める。長空は凄絶な戦いの末に仕留めた。恋人同士の残剣と飛雪は嫉妬心を利用して仲違いさせ、倒した。無名はその功績で秦王に10歩そばまで近づくことを許される。しかし、秦王は無名の話におかしな部分を感じる。3年前、3000人の兵をものともしなかった残剣と飛雪は嫉妬に狂うような人物ではなかったはずだ。指摘を受けた無名は別の物語を語り始める。
一つの物語を3通りに分けて語る手法は黒沢明「羅生門」を彷彿させる。矢のシーンも「蜘蛛巣城」のようだ。チャン・イーモウ、どこかで黒沢を意識したのかもしれない。ただ、黒沢とイーモウを分けるのはアクションのダイナミズムだろう。秦軍の多数の兵が趙の国を攻めるシーンは、無数の矢が放たれるだけで合戦場面がないのがもったいない。ジェット・リーとドニー・イェンの対決はその殺陣のあまりの速さに驚くが、あとの場面は宙を飛んだり、水の上を走ったり、「キス・オブ・ザ・ドラゴン」の激しさと比べると良く分かる。もちろん、チャン・イーモウ監督は単純な激情に駆られての復讐劇などに興味はないだろうが、アクションを効果的に見せるにはキャラクターの単純な感情と分かりやすい図式の方が望ましいのである。
また、話が“藪の中”に入っていくくだりはドラマティックな展開に乏しく、3つのエピソードが相乗的に効果を挙げているとは言えない。だから、真相が明らかになる終盤が何だか観念的で退屈なのである。長空のエピソードだけが独立したものになったのも残念。残剣と飛雪だけでなく、長空も絡めて3人の刺客を有機的につなぐ構成が欲しかったところだ。視覚的には十分満足しながら、エモーショナルな部分で不満が残った。
【データ】2002年 中国 1時間39分 配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:チャン・イーモウ 製作:ビル・コン チャン・イーモウ 製作総指揮:ドー・ジョウファン チャン・ウェイピン 共同製作:チャン・ジェンイェン 脚本:リー・フェン チャン・イーモウ ワン・ピン 原案:チャン・イーモウ リー・フェン ワン・ピン 撮影:クリストファー・ドイル アクション監督:トニー・チン・シウトン 美術:フォ・ティンシャオ イ・ジェンジョウ 衣装デザイン:ワダエミ 作曲・指揮:タン・ドゥン 太鼓演奏:鼓童
出演:ジェット・リー トニー・レオン マギー・チャン チャン・ツィイー チェン・ダミオン ドニー・イェン