8 Mile
「ゆりかごを揺らす手」「L.A.コンフィデンシャル」のカーティス・ハンソン監督の新作。というよりもヒップホップのエミネムの初主演映画といった方が通りがいいのか。今年のアカデミー賞ではラストに流れる「Lose Yourself」が主題歌賞を得た。映画はそのエミネムの半自伝的な作品といわれる。1995年のデトロイトを舞台にラップで成功して、みじめな生活を抜け出したいと願う主人公ラビットの姿を描く。冒頭にラップ・バトルのシーンがあり、歌おうとして言葉が出てこないラビットが描かれる。当然、クライマックスはこれに呼応したシーンが用意されている。ここで描かれるラップは昔のプロテスト・ソングのような存在で、他の現状打破の手段にも容易に置き換えられる。ハンソンはラップを描きつつ、普遍性のある青春映画に仕上げたかったのだろう。エミネムの演技も素直だし、全体として好感の持てる映画だが、主人公の歌の才能をもっと描くと良かったかもしれない。登場人物たちが皆、主人公の才能を認めているのが観客にも納得できるような描写が欲しいところなのである。
1995年のデトロイトが舞台。かつて工業都市として栄えたデトロイトは日本車の輸入攻勢で打撃を受け、街の中心部には黒人が8割を占めるようになった。街は荒廃し、ラビットの生活も貧しい。ピザ屋を解雇され、プレス工場で働く日々。トレーラーに住む母親(キム・ベイシンガー)は同居している若い男(ラビットの高校時代の上級生)の機嫌を取るのに汲々とし、幼い妹の面倒もろくに見ない。家賃を滞納して立ち退きを迫られる始末。ラビットはガールフレンドとも別れ、ラップだけが支えになっている。しかし、ラップといえば、黒人の音楽なのでラビットは仲間の黒人に励まされながらも、なかなかチャンスはつかめない。ラビットの作る歌はだから、世の中への恨みに満ちたものになる。八方ふさがりの現状への怒りと批判と復讐。それが分かるぐらいの描写をカーティス・ハンソンは十分に見せていく。過激なラップの歌詞とは対照的に演出は極めてオーソドックスだ。
ガールフレンドと別れたラビットが出会うアレックス(ブリタニー・マーフィー=リース・ウィザースプーンに似ている)も上昇志向のある女で、モデルになりニューヨークへ行くことを夢見ている。アレックスはラビットをプロモーターに紹介すると調子のいいことを言うウインク(ユージン・バード)に抱かれてしまうのだが、ハンソンの演出はアレックスを悪い女には描いていない。目的のために手段を選ばないことも時には肯定される。というよりは、そうした気概を持つ若者を、何もしないでウジウジとしている若者よりも肯定しているのだろう。
今年50歳のキム・ベイシンガーのダメ母親ぶりは、かつての美人女優としての演技とは質の異なるもので感心した。「L.A.コンフィデンシャル」でのアカデミー主演女優賞受賞はだてではなかったのである。
【データ】2002年 アメリカ 1時間50分 配給:UIP
監督:カーティス・ハンソン 製作:カーティス・ハンソン ブライアン・グレイザー ジミー・イオヴォン 製作総指揮:キャロル・フェネロン ジェームズ・ウィテカー グレゴリー・ウッドマン ポール・ローゼンバーグ 脚本:スコット・シルバー 撮影:ロドリゴ・プエリト 衣装:マーク・ブリッジス 音楽:エミネム
出演:エミネム キム・ベイシンガー ブリタニー・マーフィー メキー・ファイファー エヴァン・ジョーンズ オマー・ベンソン・ミラー ダンジェロ・ウィルソン ユージン・バード タリン・マニング クロエ・グリーンフィールド