JFK
「羊たちの沈黙」のアカデミー受賞は意外だった。僕は史上初めてアニメーションが作品賞にノミネートされたので、そのまま「美女と野獣」が受賞してもおかしくないと考えていた。「JFK」はオリバー・ストーン自身が過去に作品賞も監督賞も受賞していたから、可能性は少ないと思われた。しかし実際に見てみると、3時間を超える大作で問題作でもあり、これがいちばん作品質にふさわしかったように思う。受賞できなかったのは、やはり賛否両論あったこと、特にマスコミからの批判が影響したのだろう。
ま、僕も全面的にこの映画を称賛するわけではない。ケネディ暗殺事件がオズワルドの単独犯でありえないことは、これまでにも多くの説が出ており、背後に何らかの陰謀があったことは既に周知の事実と言っていい。問題はその多くの説の中のどれを取るかだが、ストーンはニューオリンズの地方検事ジム・ギャリソンのケースを前面に出した。もちろん自分の調査結果も入れているが、実際にあった裁判だから、映画化する場合、内容に説得力を持たせられる利点がある。
ギャリソン(ケヴィン・コスナー)が暗殺事件に疑問を持ったのは、事件から3年が経過してからである。飛行機の中での知人の一言が契機となった、それから仲間とともに捜査を開始する。そしてケネディ暗殺の背後に軍産複合体とCIAがいたことを突き止める。ケネディはベトナム戦争の拡大を中止し、撤退することを考えていた。撤退されては肥大化した軍需産業が困るから暗殺したというわけである。ギャリソンは黒幕と思われる貿易商のクレイ・バートランド(トミー・リー・ジョーンズ)を犯人として裁判に引っ張りだす。タイム社が保管していた8ミリフィルムが裁判で初めて紹介され、銃弾が背後の教科書ビルではなく、前方から来たものであることが明らかになる。ギャリソンが「魔法の銃弾」説を披露する場面は小気味いいくらいである。しかし、こうした状況証拠で暗殺がオズワルドの単独犯でないことは立証できたものの、証人が途中で証言を翻したり、殺されてしまい、事件とクレイとの関わりを証明することはできなかった。いくらなんでも、これでは公判を維持することは無理である。ギャリソンという検事はかなり無茶な人だったようだ。
ストーンは細かいカット割りと軽快なテンポで3時間余りを一気に見せる。この技術は相当なものである。話がベトナム戦争につながっていくのがいかにもストーンらしいとも言える。「プラトーン」といい、「7月4日に生まれて」といい、この監督はベトナム戦争に関連すると、作品に熱気がこもる。マスコミの批判は逆に言えば、それほどこの映画に真に迫った力があったからだろう。同じケネディ暗殺を扱った「ダラスの熱い日」が作品の評価とは別にほとんど論争を巻き起こさなかったのは、あくまでもフィクションと見られたからにほかならない。多少、強引なところが「JFK」の弱みだけれど、この作品のパワーは、単なる映画の枠を超えて社会現象になり得たことで十分に証明されている。イベント化した映画は強いのである。
ギャリソンの妻役を演じる久しぶりのシシー・スペイセクにあまり見せどころはないが、脇役は総じて豪華だった。ジャック・レモンやジョン・キャンディ、ジョー・ペシらが熱演している。ケヴィン・コスナーを駄目だと言う人もいるようだが、こういう正義感あふれる役はアメリカを代表する二枚目俳優としてはやらなくてはならない。裁判の最後の演説などは「スミス都へ行く」のジェームズ・スチュワートを思わせるではありませんか。(1992年5月号)
【データ】1991年 アメリカ 3時間8分
監督:オリバー・ストーン 製作総指揮:アーノン・ミルチャン 製作:A・キットマン・ホー 製作・脚本・オリバー・ストーン 脚本:ザカリー・スクラー 撮影:ロバート・リチャードソン 美術:アラン・R・トムキンス デレク・R・ヒル 音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:ケヴィン・コスナー シシー・スペイセク ジョー・ペシ トミー・リー・ジョーンズ ゲイリー・オールドマン ジャック・レモン ウォルター・マッソー