It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

愛を読むひと

どんな境遇にあっても人は物語を求める。主人公のハンナ・シュミット(ケイト・ウィンスレット)がアントン・チェーホフ「犬を連れた奥さん」(The Lady with the Dog)を刑務所の図書館で借りる場面には高揚感と同時に胸に迫るものがある。ハンナはマイケル・バーグ(レイフ・ファインズ)が朗読したテープでこのタイトルを聞いて単語の数を数え、1ページ目に"The"を発見し、「The、The、The」とつぶやく。ハンナにとって、これは新しい世界、自分が切望していた物語の世界に自分の力だけで近づく第一歩となった。戦犯裁判で筆跡を調べるために自分の名前を書くように要求される場面があるから余計に胸に迫るのだ。

ハンナの生い立ちに関して映画は言及しないが、恐らく貧しい家庭に生まれ育ったのだろう。裁判でハンナ1人に罪を押しつけようとするかつての同僚の女たちの姿には腹が立つが、ハンナはそれに抵抗することができない。他人に言えない秘密を持った人間は、たとえそれが世間から見れば些細なことであっても、常にそれに苛まれる。だからこそハンナには、たくさんの物語を朗読してくれた21歳年下のマイケルと関係を持っていた時期が幸福に輝いたに違いない。

ベルンハルト・シュリンクの原作「朗読者」は9年前に読んだが、短くて物足りなかった。もっと詳細な描写が欲しいと思った。しかし、映画化するにはちょうど良い長さだったようで、スティーブン・ダルドリー監督は情感たっぷりの描写を重ねてほれぼれするような傑作に仕上げた。ケイト・ウィンスレットは短くて物足りない原作の行間を埋めるような細かい演技を見せる。前半の官能的なラブシーンにも目を奪われるが、後半、戦犯裁判から刑務所に至る厳しいシーンにもリアリティがあふれる。アカデミー主演女優賞は当然だなと思った。当初キャスティングされていたニコール・キッドマンの硬質の美貌よりも、生活感をにじませたウィンスレットの方がこの悲しい映画のヒロインにはふさわしい。時間軸を前後に動かして語るデヴィッド・ヘアの脚本とダルドリーの緊密で的確な演出、出演者の好演が相まって原作を超える作品になった。

自分の力だけではどうすることもできない境遇に置かれた人間が命令に忠実に従ったことによって罪を犯す。映画は「私は貝になりたい」のようにBC級戦犯にある程度共通していたであろう問題を根底に置きながら、やはりそれを許すことはできないと結論する。客観的にそれは正しいのだろうが、罪に問われた人間の本当の姿を知る人にはそれだけのことではない。それを同時に提示している。朗読者であり、ハンナの唯一の理解者であったマイケルの現在の苦悩を描くことで深い奥行きのある作品になった。1人の女の生涯を描くことでさまざまな問題を浮かび上がらせるという優れた物語が持つ多面的な魅力をこの映画もまた持っている。

TOP