ウォッチメン
予告編ではどういう映画なのかよく分からなかった。本編を見て、ははーんと思った。なるほど、これは要約のしにくいストーリーだ。スーパーヒーローが法律で活動を禁じられた世界でヒーローの1人がビルから転落死する。何者かに突き落とされたのだ。他のヒーローたちにも危害が及ぶのではないかと思ったヒーローの1人であるロールシャッハ(ジャッキー・アール・ヘイリー)が事件を調べ始めるというのが発端。この発端だけでもブラッド・バード「Mr.インクレディブル」との類似点を感じるが、途中にヒーロー2人がかつての活動を行うことで自己実現を果たし、自信と自分を取り戻すという描写もあり、「Mr.インクレディブル」がこの映画の原作からインスパイアされた映画であることは間違いないようだ。
といっても「ウォッチメン」に登場するヒーローたちは、放射能で変異を果たし、ヒーローを通り越して神に近い存在となったDr.マンハッタン(この名前はマンハッタン計画から採ったのか)を除けば、普通の人間である。超能力を持たない普通の人間がマスクをして悪を退治するという在り方は「バットマン」と同様で、ヒーローたちの多くのダークな在り方もバットマンと共通している。ニクソンが3期目の当選を果たし、ベトナム戦争に勝利した1985年のアメリカを舞台にした設定はSFだし、Dr.マンハッタンの存在もSFなのだが、本筋はダークなヒーローたちの悲哀を描くことにあったのではないかと思う。2時間43分の上映時間は長いが、僕はまず面白く見た。ザック・スナイダー監督の前作「300」は描写だけが変わった作品に過ぎなかった。今回は原作がしっかりしていることが幸いしたのだろう。
ソ連のアフガニスタン侵攻で核戦争の危機にある時代という設定はまるで50年代SFのようにクラシカルだ。殺されたヒーローはコメディアン(ジェフリー・ディーン・モーガン)。コメディアンは暴力的で残忍な性格で、1940年代のヒーロー集団ミニッツメンの1人である初代シルク・スペクター(カーラ・グギーノ)をレイプしようとしたり、ベトナム戦争でもアメリカでも民間人を撃ちまくる。Dr.マンハッタン(ビリー・クラダップ)は人間性を失っているし、主人公格のロールシャッハも暗い過去を持つ。オジマンディアス(マシュー・グード)に到ってはヒーローであることをすっぱりやめ、金儲けに走っている。2代目のナイトオウル(パトリック・ウィルソン)とシルク・スペクター(マリン・アッカーマン)もそれぞれに複雑で陰影のあるキャラクターだ。
このヒーローたちのキャラクターは脳天気な正義の味方だったアメリカン・ヒーローを人間的にリアルなものにするところから始まっていると言える。核戦争の回避という本筋よりもヒーローたちのダークな在り方を描く部分が映画の大半を占める。物語の進行はハードボイルドタッチを取り入れたもので、偽の平和を拒否し、正義を貫こうとするロールシャッハの姿は外観とは裏腹に伝統的な主人公にふさわしいものだ。不満は、大国による核戦争の危機(地球滅亡)の回避という設定そのものにあり、これが小国の暴走のようなものであったならば、現代により接近した映画になったのではないかと思う。
ボブ・ディラン「時代は変わる」でヒーローたちの変遷を描く導入部も良いが、個人的におおっと思ったのは久しぶりに聞いたネーナの反戦歌「ロックバルーンは99」(99Luft Balons)。このほか、「サウンド・オブ・サイレンス」や「ワルキューレの騎行」などこの映画、時代色を出すための音楽のセンスが良かった。