アイズ・ワイド・シャット
EYES WIDE SHUT
「フルメタル・ジャケット」以来12年ぶりにして最後のスタンリー・キューブリック監督作品。さんざん悪評を聞かされていたが、これは傑作ではないにしてもそんなに悪い出来の映画ではない。性的な妄想がモチーフの一つであるにせよ、中心になるのは主人公の苦悩と彷徨であり、日常と非日常の危ういバランスを描いた映画と言えると思う。安穏とした日常のすぐ隣には深い闇がある。これは闇に引き込まれそうになった男の話なのである。配給会社が言うように「巨匠最後のテーマはセックス」などと、勘違いしない方がいい。大作が多かった過去のキューブリック作品に比べれば小粒だし、冗長な描写もあるけれど、巨匠の遺作として恥じるところは少しもない。
ニューヨークに住む医師ウィリアム(トム・クルーズ)はある日、妻(ニコール・キッドマン)から意外な告白を聞かされる。去年、家族で出かけたケープコッドのホテルで、視線が合っただけの海軍士官に惹かれ、夫に抱かれながらもその海軍士官のことを考えていたというのだ。「もしあの人が私を欲しがったら、すべてを捨ててついていったわ。あなたも娘も捨てられると思ったの」。ウィリアムはこの言葉にショックを受け、深夜の街をさまよう。娼婦に声をかけられて、性行為の一歩手前まで行くが、妻からの電話で押しとどまる。学生時代の友人のピアニストに秘密の仮面パーティーがあることを聞かされたウィリアムはそこに侵入。中では仮面を付けた男女が黒ミサのような性の式典を演じていた。ウィリアムは正体を見破られ、危地に陥るが、一人の女性に助けられる。翌日、仮面パーティーの屋敷を探ろうとしたウィリアムは、これ以上詮索しないよう屋敷の人物から警告を受ける。そして何者かに尾行されるようになる。
妻の告白の場面は一つの見どころで、ニコール・キッドマンが下着姿で長い熱演を見せてくれる。この前にあるパーティーシーンは、後半への伏線にもなっている場面だが、いかんせん長すぎる。この映画、全体的に一つひとつのシークエンスが長いと思う。停滞と動き、停滞と動き、映画はそんなリズムで進行していき、構成としては極めて単調である。ただし、全体像が見えてきた後半になって僕は面白くなった。
監督自身はこの映画についてこう語っている。「幸福な結婚生活に存在するセックスについての矛盾した精神状態を探り、性的な妄想や実現しなかった夢を現実と同じくらい重要なものとして扱おうと試みた」。キューブリックは性そのものよりも主人公の精神状態の方に興味があったわけだ。だから、仮面の館で繰り広げられる性の式典も極めて観念的、即物的だ。そもそも官能的になど描くつもりはなかったのだろう。この描写に比べれば、ニコール・キッドマンの方がよほど官能的である。
ところどころに「シャイニング」など過去の作品の面影が見える。この作品、撮影に1年半、編集に1年かけたそうだ。キューブリックは3月7日に亡くなったが、完全主義者としては公開ぎりぎりまで編集したかったのではないか。
【データ】1999年アメリカ映画 2時間39分
監督・脚本 スタンリー・キューブリック 脚本 スタンリー・キューブリック フレデリック・ラファエル 原典 アーサー・シュニッツラー 撮影:ラリー・スミス 音楽:ジョスリン・プーク
出演 トム・クルーズ ニコール・キッドマン シドニー・ポラック マリー・リチャードソン