イミテーションゲーム エニグマと天才数学者の秘密
アカデミー脚色賞を受賞したこの映画の若き脚本家グレアム・ムーアは授賞式のスピーチでこう話した。
「主人公アラン・チューリングはこんな大舞台で表彰されなかった。でも僕はここにいる。なんて不公平なんだ。だから短い時間だけど、一つだけ言わせてほしい。僕は16歳で自殺未遂をした。自分の居場所がないような気がして。それが今ここに立っている。だから、自分は変わり者で居場所がないと感じている若者たちへ。そのままの自分で大丈夫、輝くときがくる」
映画の中で2度繰り返されるセリフ、「誰も想像しないような人物が誰もできなかったような偉業を成し遂げる」というセリフはムーアの強い思いを託したものなのだろう。
変わり者で孤独な天才数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)を主人公にナチス・ドイツの暗号エニグマを解読する英国チームの物語。この映画の成功はムーアの素晴らしい脚本が一番の要因だ。ムーアはチューリングの生い立ちを絡めながら、暗号解読の過程を描き、同時に空襲にさらされる戦時下のロンドンを点描し、チーム内の人間関係によりスパイ映画のようなサスペンスとミステリの要素を取り入れている。仲間と入った酒場でエニグマの復号キーに気づく場面のドラマティックな描写、終盤の悲劇的な展開、さらに心を揺さぶるエピソードをちりばめてあり、エンタテインメント映画の脚本としてまったく欠点の付けようがない。設計図がここまで完璧ならば、映画の成功はほぼ決まったようなものだ。
映画の序盤、仲間から昼食に誘われたチューリングの不器用で頓珍漢な受け答えを見ると、どうもチューリング、アスペルガー症候群か、少なくとも広義の自閉症スペクトラムだった可能性がある。他人の言葉を字義通りに受け取り、裏の意味が読み取れないチューリングは周囲に理解されず、孤独は深かっただろう。だからこそ、パートナーとなったジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)の存在が心にしみる。ジョーンはチューリングの人柄と才能を理解し、仲間と仲良くするようアドバイスする。「ジョーンに言われた」と言って林檎を配るチューリングに対して仲間が打ち解けていく場面はハートウォーミングな良い場面だ。
チューリングの暗号解読によって、戦争終結が早まり、1400万人の命が救われたとされる。暗号解読器(クリストファーと呼ばれる)のチューリングマシンはコンピューターの原型となった。しかし、戦後、暗号解読器は廃棄され、チューリングの功績は長い間、世間に知られないままだった。戦後のチューリングの運命には涙を禁じ得ない。不運なチューリングの名誉が回復されたのは2009年だという。
シャーロック・ホームズ役でブレイクしたカンバーバッチはホームズのように天才的なチューリングを繊細に演じてアカデミー主演男優賞にノミネート。パズルを解くことに抜群の才能を見せ、女性の社会進出が難しかった時代に自立した意識を持ったジョーンを演じたナイトレイは助演女優賞にノミネートされた。この映画は閉鎖的な時代と人を阻む壁にもがき、抗う2人を描いた映画でもある。ムーアはチューリングの生涯にかつての自分を重ねたに違いない。だからこんなに胸を打つドラマに仕上がったのだろう。