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インサイダー

「インサイダー」

アメリカの大手たばこ会社ブラウン・アンド・ウィリアムソン(B&W)とテレビ局CBSを舞台に2人のインサイダー(内部告発者)を描いた実話。これまでやや不本意な作品が多かったマイケル・マン監督が、真正面から正攻法の演出を見せ、骨太の社会派ドラマを描ききった。アメリカのジャーナリズム云々という狭い枠を超えて、これは信念を貫き通すことの難しさと重要さ、度重なる困難を自分の力で克服していくことの素晴らしさを訴えた映画であり、アメリカ映画でおなじみの個人対組織の闘いを描いた映画でもある。2時間38分の長丁場のため演出的に単調になる場面もあるのだが、瑕瑾にすぎない。すべて実名の迫力とアル・パチーノ、ラッセル・クロウの熱のこもった演技、最後まで持続する緊張感は有無を言わさない。所々で胸が熱くなるような傑作だ。

ローウェル・バーグマン(アル・パチーノ)はCBSテレビの人気報道番組「60ミニッツ」のプロデューサー。ある日、彼のもとにたばこ会社フィリップ・モリスの極秘資料が送られてくる。バーグマンは資料の意味を解き明かす人間を捜し、ジェフリー・ワイガンド(ラッセル・クロウ)に出会う。B&Wの研究部門副社長だったワイガンドは最近解雇された。ワイガンド自身も何か秘密を持つらしいが、会社と守秘契約を結んでおり、話すことができない。バーグマンとの接触を知った会社はワイガンドに卑劣な嫌がらせを始める。やがてワイガンドはバーグマンへの信頼と会社の横暴に対する怒り、自分の信念に基づき、「60ミニッツ」のインタビューで会社の秘密を暴露、法廷で宣誓証言もする。ところが、CBS上層部はインタビューの内容を危険と判断、バーグマンにインタビューを編集して放送するよう命じる。ワイガンドに対するいわれない中傷も始まり、いったんは編集版を放送せざるを得ない事態となるが、バーグマンはここで自らインサイダーとなり、大きなかけに出る。

元々は健康産業に勤めながら、報酬の高さからたばこ会社に移った科学者であるワイガンドは人体に有害なたばこへの操作に耐えられず、告発を決意する。しかし会社との守秘契約を破れば、退職金も医療保険も失う。しかも、一度たばこ会社に勤めた科学者は健康産業には戻れない。職を得るために受けた高校教師の面接で「あなたは優秀すぎる」と断られそうになったワイガンドは、「私は良い教師になります」と必死に答え、職を手にするのである。豪華な邸宅から小さな家(それでも日本人から見れば、立派な家だが)に引っ越し、家族と別れ、会社の嫌がらせを受けながらも告発に踏み切るワイガンドの苦悩と揺れ動く心情をラッセル・クロウ(アカデミー主演男優賞ノミネート)は見事に演じている。

バーグマンもまた信念の人である。「60ミニッツ」への誇りと情報源を決してあかさない矜持がある一流のジャーナリスト。「あなたたちはビジネスマンか、それとも報道人か」と会社の上層部を問い詰める姿はそれを象徴する場面だ。2人はいずれも窮地に陥るが、強固な意志の力でそれを乗り越えていく。2人は世論を信じているのだと思う。自分の告発や報道に何の反響もなければ虚しいが、アメリカの世論は動く、と2人とも信じている。その意味でこれはアメリカ社会に希望を持つ男2人の話でもある。アル・パチーノは「セルピコ」の昔からこうした正義感あふれる役柄を演じると本領を発揮する。もちろん、今回の役柄には「セルピコ」以上の複雑な陰影を与えている。

【データ】1999年 アメリカ 2時間38分 タッチストーン・ピクチャーズ スパイグラス・エンタテインメント提供 配給:東宝東和
監督:マイケル・マン 製作:マイケル・マン ピーター・ジャン・ブラッツ 脚本:マイケル・マン エリック・ロス 「ヴァニティ・フェア」の記事「知りすぎた男」マリー・ブレナー著に基づく 撮影:ダンテ・スピノッティ プロダクション・デザイナー:ブライアン・モリス 衣装:アンナ・シェパード 音楽:リサ・ジェラード ピーター・バーク
出演:アル・パチーノ ラッセル・クロウ クリストファー・プラマー ダイアン・ヴェノーラ フィリップ・ベイカー・ホール リンゼイ・クローズ デビ・メイザー スティーブン・トボロウスキー コーム・フィオレ マイケル・ムーア ジャック・パラディーノ ピート・ハミル

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