クライング・ゲーム
シリアスに始まった映画がいつの間にか、とぼけた味わいになっていた。だから、本気でこれを愛の映画なのだなどと言われると、おやおやと思ってしまう。英国流のユーモアと理解すれば良いのではないか。恐らくアカデミー・オリジナル脚本賞受賞のポイントとなったであろう“秘密の部分”は予想通りだったから別に驚かなかったけれど、本当なら悲劇的なシチュエーションなのに、幸福感に満ちたラストがとても心地良く、満足のいく出来栄えである。主演のスティーブン・レイと、これが映画デビューでアカデミー助演男優賞にノミネートされたジェイ・デヴィッドソン、フォレスト・ウィテカーら出演者も好演している。
主人公のファーガスはIRA(アイルランド共和国軍)の兵士である。IRAと言えば、ジャック・ヒギンズとか高村薫の小説を思い出すのだが、アイルランド出身の二一ル・ジョーダン監督らしく、その描き方には説得力がある。前半はとてもシリアスだ。逮捕された仲間を救うため、IRAの一部が英国軍の黒人兵ジョディを誘拐する。ファーガスはジョディの世話をするうちに友情らしきものを覚え始める。しかし、仲間が口を割り始めたとの情報が入ったため、ジョディの処刑が決定。ファーガスが自ら手を下すことになるが、その中ですきを見たジョディは逃げ出し、道路に飛び出したところを軍のトラックに跳ねられて死んでしまう。
この場面の直後、IRAの隠れ家が軍隊によって空から陸から一斉に急襲される場面のたたみ掛けるような迫力と悲劇性に、これは今年のベスト1ではないかと思ったが、残念ながら、映画は後半、別の物語になっていく。ジョディは死ぬ前、「恋人のディルに愛してたって伝えてくれ」と頼んでいた。ファーガスはこの約束を果たすため、ロンドンに出ていくのである。捜し出したディルは美容師で大変な美人。ファーガスは徐々にディルに惹かれ、愛し合うようになる。そんな時、IRAの仲間がファーガスに接触してくる。仲間は全員死んだわけではなかったのだ。ファーガスは要人の暗殺を指示される。引き受けなけれぱ、ディルの身が危ない…。
結局、.後半はファーガスとディルの愛の話になるのである。その駆け引きは大変面白く、これはこれで良い。それにニール・ジョーダンが描きたかったのもこちらの方だろうとは思うのだが、「それじゃあ、前半のシリアスはいったい何だったのさ」、と文句のひとつも言いたくなる。こういう話ならば、IRAを題材にしなくても良かったわけである。これはヒッチコックが「サイコ」の導入部分で本筋とはまったく違う話を持ってきて、観客を映画に引きずり込んだのと同じ効果をもたらしてはいるのだが、僕は冒険小説が好きだから、IRAの話ももっと見たかった。ま、これは好みの問題である。
ところで、映画に出てくるサソリと力エルの寓話を、僕は20年以上前にある漫画の解説で読んだことがある。ただ、オチが違っていた。映画の中で、理不尽にもカエルを刺したサソリは「仕方がないんだ。これは僕の性だから」と言うが、僕が知っているバージョンでは「それが東南アジアさ」と言うのである(ベトナム戦争が激しかったころである)。この寓話の原典は何なのでしょうか。(1994年1月号)
【データ】1992年 イギリス 1時間53分
監督・脚本:ニール・ジョーダン 製作総指揮:ニック・パウエル 製作:スティーブン・ウーリー 撮影:イアン・ウィルソン 美術:ジム・クレイ 音楽:アン・ダドリー
出演:スティーブン・レイ ジェイ・デヴィッドソン ミランダ・リチャードソン フォレスト・ウィテカー エイドリアン・ダンバー