フォックスキャッチャー
アメリカでは有名な事件らしいので予告編でも描かれているし、紹介記事にも書かれていることだが、僕はどういう事件か知らずに見た。そしてクライマックスで驚くことになった。そういう事件だったのか。この犯人はサイコパス(精神病質)じゃないか(実際には統合失調症だったとのこと)。そういう話であるのなら、大富豪でありながら何を考えているのか分からない男を演じるスティーブ・カレルの演技にも十分納得がいく。
カレルはデュポン財閥の御曹司でアマチュアレスリングで金メダルを取る選手を育てることに意欲を燃やすジョン・デュポンを演じ、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。ジョンはロス五輪レスリングの金メダリスト、マーク・シュルツ(チャニング・テイタム)にソウル五輪で金メダル獲得を目指すチーム(これがフォックスキャッチャーと名づけてある)に入るよう誘う。マークは金メダリストでありながら苦しい生活を送っていた。質素なアパートでインスタントラーメンを食べる姿がわびしい。アメリカではアマチュアレスリングが盛んとは言えないので、金メダリストであってもああいうものなのだろう。マークは参加するが、妻と2人の子供を持つ兄のデイヴ(マーク・ラファロ)は誘いを断る。ジョンの豪華な邸宅の敷地内に住まいと練習場が整備され、最初はうまくいっていたマークとジョンの関係は次第に険悪なものに変わっていく。
この険悪な関係になる理由を映画は明確には描いていない。2人の間に同性愛の関係があることを匂わせるのだが、それもはっきりしない。マークとデイヴの兄弟が映画の冒頭、練習場で組み合う場面からそういう雰囲気は立ちこめている。ただし、実際にはマークに同性愛の気はなかったそうだし、ジョンとの関係もそうではなかったという。つまり映画の脚色なのだが、これも含めて3人の関係を子細に見つめ、微妙な感情の揺らぎを描いた脚本の出来は見事と言って良い。
この3人を描く一方で映画はジョンと母親(バネッサ・レッドグレイブ=そこにいるだけで貫禄の演技だ)の関係を浮かび上がらせる。一流の競走馬を所有する母親は息子も息子が好きなレスリングもバカにしている。ジョンはそんな母親になんとか認められたいと思っている。練習の見学に来た母親の前で急に選手を指導するふりをするジョンの姿が悲しい。ノーマン・ベイツのように喜怒哀楽を表に出さないジョンはノーマン・ベイツのようにマザーコンプレックスなのだろう。
ベネット・ミラー監督作品としては「カポーティ」「マネーボール」を超えて最も良い出来だ。スティーブ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロの演技がいずれも充実している。特にカレルの演技が素晴らしい。