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ビューティフル・マインド

「ビューティフル・マインド」パンフレット

2時間16分、無駄な部分はほとんどない。途中にある脚本の仕掛けは分かってしまったが、それが分かった後に来る夫婦愛の場面がとてもよろしい。ロン・ハワードは1940年代、50年代、おまけして60年代中盤ぐらいまでのハリウッド映画が持っていた美点をとても大切にしているようだ。かつての山田宏一さんなら、映画的記憶という言葉で表現しただろう。なんだか懐かしく、ここそこにどこかで見たような場面があるにもかかわらず、ハワードはそうした描写を自分のものにしている。あの、大学の食堂で他の学者たちが主人公のジョン・ナッシュ(ラッセル・クロウ)に次々にペンを差し出す場面は泣けた。ドラマトゥルギーの基本として、最初の方の場面に呼応する、こういう場面はあってしかるべきなのだが、それが分かっていても泣けた。自分の精神分裂症に引け目を感じて、大学の学生から嘲笑を受けながらも、控えめに懸命に生きる主人公の姿とそれがついに報われる、とても素敵なラストシーン。描写の端々に過去のハリウッド映画の良い部分が散見され、豊かで力強い映画になっている。

ノーベル賞を受賞したジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニアは実在の人物だが、その人生の大筋だけを借りて自由に脚本化したアキバ・ゴールズマンの手腕にまず拍手。実際にはナッシュ夫妻は離婚したとか(それでも関係は深く、その後再婚している)、映画には現実と違う描写が多いらしいけれど、少なくともその本質はつかんで放さず、ジョン・ナッシュの苦悩と栄光と驚くべき経過が見事に映画として語り直されている。エッセンスだけを凝縮して、エンタテインメントに仕立て上げたゴールズマンは優れた脚本家である。観客に罠を仕掛ける叙述ミステリ的な前半のプロットと後半の感動的な夫婦愛のブレンドはまさに絶妙と言うほかない。

そして、精神分裂病のジョン・ナッシュを演じるラッセル・クロウの演技は賞賛に値する。どこかダスティン・ホフマンの演技を思わせるが、ラッセル・クロウがこんなに微妙な演技が出来る俳優とは思わなかった。アカデミー主演男優賞は「トレーニング デイ」のデンゼル・ワシントンではなく、2年連続になったにしてもクロウが取るべきだったように思う。「グラディエーター」などよりは、はるかに充実感のある演技である。主人公を支え続ける妻を演じるジェニファー・コネリー(アカデミー助演女優賞)も大いに魅力的だ。コネリーはホントに報われたなという感じがする。ひたすら悲惨な「レクイエム・フォー・ドリーム」も良かったけれど、こういう正統的な映画での好演はこれからのキャリアにもプラスになるだろう。

ロン・ハワードのフィルモグラフィーを見ると、1本も明確な失敗作がないのに驚く。ただし、すべてが水準以上であるにもかかわらず、決定的な1本というのがない監督だった。「スプラッシュ」「コクーン」「バック・ドラフト」「アポロ13」とジャンルは多岐に渡っているけれど、共通しているのはエンタテインメントとしてどれも良くできていること。「ビューティフル・マインド」が退屈で感動の押し売りをするような伝記映画にならなかったのはハワードのこのエンタテインメント志向があったからなのだろう。

【データ】2001年 アメリカ 2時間16分 配給:UIP
監督:ロン・ハワード 製作:ブライアン・グレイザー ロン・ハワード 製作総指揮:カレン・キハラ トッド・ハロウェル 原作:シルヴィア・ナサー 脚本:アキバ・ゴールズマン 撮影:ロジャー・ディーキンス プロダクション・デザイン:ウィン・トーマス 衣装:リタ・ライアック 音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:ラッセル・クロウ エド・ハリス ジェニファー・コネリー クリストファー・プラマー ポール・ベタニー アダム・ゴールドバーグ ジョシュ・ルーカス ビビアン・カードーン アンソニー・ラップ ジェーソン・グレイ・スタンフォード ジャド・ハーシュ

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