ボーイズ・ドント・クライ
性同一性障害の女性を主人公にした力作。主演のヒラリー・スワンクが今年のアカデミー主演女優賞を受賞した。といっても、この問題を大上段に振りかざしているわけではなく、実際の殺人事件を映画化したものである。保守的なアメリカ中西部の息の詰まるような閉塞感と絶望感が充満しており、後半の展開は極めてショッキングだ。そしてここに至って性同一性障害に対する無知・偏見・差別がくっきりと浮かび上がる。これは被害者の立場から描いた犯罪ドキュメントとも言えるだろう。監督・脚本のキンバリー・ピアースは主人公への共感をこめて事件の経過を組み立て、ヒラリー・スワンクが熱のこもった演技でそれにこたえている。ただ、主人公の生い立ちや家庭環境はセリフで語られるだけなので、主人公がなぜ故郷を飛び出し、乱暴な男たちと行動を共にしなければならなかったのか、やや説得力に欠けるきらいはある。主人公の切実な生き方は十分伝わるのだが、映画の意図が見えにくい前半にこういう部分を描いておくと、もっと良かったと思う。
ネブラスカ州リンカーン。髪をショートカットにしたティーナ・ブランドン(ヒラリー・スワンク)が酒場に出かけるシーンから映画は始まる。酒場で知り合った女との騒動がさらりと描かれ、ブランドンはどうやら性転換を望んでいるらしい女であることが分かる。胸をさらしで巻き、股間には詰め物を入れ、ブランドン・ティーナと名乗って男のように振る舞っている。別の日、別の女キャンディス(アリシア・ゴランソン)を酔漢から助けたブランドンはキャンディスの仲間ジョン(ピーター・サースガード)、トム(ブレンダン・セクストン三世)とともに保守的な田舎町フォールズ・シティに向かう。すぐに町を離れるつもりだったが、ジョンの恋人(ジャネッタ・アーネット)の娘ラナ(クロエ・セヴィニー)に出会い、一目惚れしてしまう。ジョンは元詐欺師で定職もなく、暴力的な男。映画は前半、このグループに入るブランドンの様子をじっくりと描く。グループは自堕落な日々を送り、ラナの母親もまたアル中のような状態。誰もが明日への希望もなく、毎日を宛てもなく過ごしている。この前半の描写がやや単調である。
ブランドンはラナと徐々に親密となる。しかし、過去の盗みでリンカーンの裁判所に召喚された日に出廷しなかったため、フォールズシティの警察から女性用留置場に収監されてしまう。面会に来たラナにブランドンは「僕は両性なんだ」と打ち明ける。ラナのブランドンに対する思いはそれでも変わらなかったが、ラナの母親とジョンはそうではなかった。そして悲劇が始まる。
「男の子は泣かない」というタイトルはブランドンの「男はこうあらねばならない」という考えを現しているようだ。それはブランドンを「化け物」となじるラナの母親やジョンの考え方とも通じるものである。これは固定観念が生んだ悲劇なのだろう。ブランドンを受け入れるラナだけが柔軟な考え方の持ち主であり、悲惨な物語の中で唯一の救いとなっているが、そのラナでさえもブランドンと一緒に町を出ることには躊躇いを見せる。キンバリー・ピアース(いかにも才媛といった感じの33歳)は事件の当事者たちに取材し、物語を構成していったという。映画の作りで決して際だった技術があるわけではないけれど、テーマに対する真摯な姿勢は結実していると思う。何よりもヒラリー・スワンクの熱演は体の性と精神の性のギャップに悩むブランドンの葛藤を十分に伝えている。
【データ】1999年 アメリカ 1時間59分 20世紀フォックス映画配給
監督:キンバリー・ピアース 脚本:キンバリー・ピアース アンディ・ビーネン 製作:ジェフリー・シャープ ジョン・ハート エバ・コロドナー クリスティーン・ヴァッション 製作総指揮:パメラ・コフラー ジョナサン・セリング キャロライン・カプラン ジョン・スロス プロダクション・デザイナー:マイケル・ショウ 衣装デザイナー:ビクトリア・ファレル 音楽スーパーバイザー:ランドール・ポスター 音楽:ネーサン・ラーソン
出演:ヒラリー・スワンク クロエ・セヴィニー ピーター・サースガード ブレンダン・セクストン三世 アリソン・フォーランド アリシア・ゴランソン マット・マクグラス ロブ・キャンベル ジャネッタ・アーネット