It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

ポンヌフの恋人

製作費30数億円。パリのポンヌフ橋とその周辺を再現した壮大なセット。しかし、内容はそんなことをまったく感じさせない小品といえる愛の映画である。実際、メイキング・ビデオでも見なければ、フランス映画史上最大といわれるあのセットがいかに大きいかは分かるはずもなく、何も知らない人はすべてロケだと思うに違いない。「ボーイ・ミーツ・ガール」も「汚れた血」もテレビでチラリとしか見たことのない僕にレオス・カラックスを語る資格はないが、この映画に関しては壮大なセットと映画製作を巡るゴタゴタなど映画外の話題に内容が負けている印象を受けた。予算をかけた割りにスケールがプライベートな範囲にとどまっている。

アレックス(ドニ・ラヴァン)は、修理のため閉鎖中のポンヌフ橋をねぐらにする孤独な大道芸人の青年。ミシェル(ジュリエット・ビノシュ)は失恋し、目の病気に絶望した画学生。2人はふとしたことで知り合って、ともにポンヌフ橋で暮らすようになる。どちらかと言えば、この2人の関係はアレックスの一方的な片思いの気配が濃厚だ。ミシェルもアレックスを愛しているには違いないが、アレックスの情熱ほどではなく、「冬になったらここには住めないわ」などと言うのである。アレックスはミシェルをつなぎとめようと努力するが、夏が終わり、冬が来ると同時にミシェルは自分の目が直ることを知って、ポンヌフを離れていってしまう。

いくつかの刺激的なシーンが印象に残る。革命200年を祝う夜空いっぱいの花火がポンヌフ橋の周辺を彩るシーン、地下道に張られたたくさんのポスターが一斉に燃え上がるシーン、アレックスが何度も何度も火を吹くシーン(これは「汚れた血」にあるシーンの拡大版だ)、そして絶望して手の指を拳銃で撃ち飛ばすシーンなどなどだ。それらはすべてミシェルを愛してしまったアレックスの激しい情熱のほとぱしりを表している。ほとんど笑顔すら見せないアレックスの代わりに、強烈な視覚的場面が感情を物語っているのである。かわいいビノシュに比べて、ラヴァンの顔つきはこちらの感情移入を拒否するような粗野なものだから、こうした表現は効果的と言えるだろう。それに登場人物の少なさと、単純でドラマティックな盛り上がりに欠けるストーリーをいくらか補ってもいる。

もちろんそれはカラックスの映画製作に対する情熱の発露でもある。映画の完成までにはさまざまな災厄に見舞われて製作費が膨れ上がり、多くの困難を乗り越えなければならなかったという。それでも映画がなんとか完成にこぎつけたように、アレックスとミシェルの愛も危機を乗り越えて、一応のハッピーエンドを迎える。映画自体もフランス、日本でヒットした。“呪われた”とも形容される映画を監督したカラックスの情熱は報われたのだろうか。

この映画を見ていると、アレックスとカラックスの姿は自然に重なり合ってくる。映画製作の裏側を知った以上、それは仕方のないことだ。しかし、だからといって僕はこの映画を積極的に評価しようとは思わない。先ほど挙げた刺激的なシーンも、心を十分には動かしてくれなかった。きっと映画は情熱だけでは駄目なのだろう。(1992年12月号)

【データ】1991年 フランス 2時間5分
監督・脚本:レオス・カラックス 製作:クリスチャン・フェシュネール 撮影:ジャン・イブ・エスコフィエ 美術:ミシェル・バンデスティアン 
出演:ジュリエット・ビノシュ ドニ・ラヴァン クラウス・ミヒャエル・グリューバー ダニエル・ビュアン

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