バットマン リターンズ
ピーターパンとバットマンの続編同士が対決するこの夏の映画興行。作品の出来からすれば、バットマンの方が軽くピーターパンを超えていた。スピルバーグの「フック」も決して悪くはなかった。中年になったピーターパンが特訓の末に再びネバーランドの空を飛ぶシーンは「E.T.」の自転車が空を飛ぶシーンの感動を少し思い出させてくれた。しかし、「バットマン リターンズ」は重厚感のある作りと、ハマリ役の出演者たちの熱演が見事に結実した傑作である。「フック」とは正反対の暗さで、普通のヒーロー物の痛快さもないにもかかわらず、この作品世界は魅力的だ。もう少し面白くできるのでは、との不満も頭をかすめるが、お子様ランチにしなかったティム・バートンはえらい。もちろん前作以上の出来栄えで、ダニー・エルフマンの音楽も快調である。
今回の成功がペンギン役のダニー・デヴィートとキャット・ウーマンのミシェル・ファイファーにあることは衆目の一致するところだろう。ペンギンことオズワルド・コプルポットは水かきのある手を持って生まれたために、両親に捨てられ、33年間、ゴッサム・シティの下水道の中で生き抜いた。キャット・ウーマンことセリーナ・カイルはサエないオールド・ミスの秘書だったが、大富豪マックス・シュレック(クリストファー・ウォーケン)の秘密を知ったために、ビルから突き落とされて復讐を誓う。ゴテゴテのメーキャップをした白塗りのデヴィートと、体にぴったりの黒い革のコスチュームを身に着けたファイファーは、高笑いだけが記憶に残った前作のジョーカー(ジャック・ニコルソン)よりもはるかに素晴らしい敵役である。特にファイファーの魅力は弾けている。アカデミー賞にノミネートされたこともある女優がコミックの悪役を演じることなど前代未聞であるけれども、こういう役をしなやかに魅力的に演じてしまえるのがファイファーの良さだ。
それにしても何と悲劇的な話なのだろう。前作がバットマンことブルース・ウェインの暗い生い立ちを背景にした一種の復讐譚であったするならば、今回は世の中に見捨てられた2人の悪役の復讐譚なのである。ヒーローも悪役もそれぞれにかわいそうな身の上であり、暗い情念を秘めた彫りの深いキャラクター。バットマンとキャットウーマンはともにお互いの二重人格を認め合い、心を通わせる。正義と悪とに分かれたのは単に経済的な違いがあったからに過ぎないのである。そしてバットマンの正義の味方としての在り方よりも世の中に絶望したキャットウーマンの開き直りの復讐の方がよほど説得力がある。
クライマックス、下水道の中でバットマンはキャットウーマンの復讐を止めるために仮面を脱ぎ捨てる。本当の悪人であるマックス・シュレックはそれを見て「なんて格好をしてるんだ、ウェイン」と吐き捨てる。ゴッサム・シティという架空の都市でなかったら、バットマンの存在は確かに滑稽なのである。スーパーマンやスピルバーグ印のヒーローたちがどこかに置き忘れた苦悩をバットマンたちは今回、確かににじませている。もちろん、ティム・バートンはエンタテインメントとしての観客サービスも忘れていない。このバランス感覚の良さがあれば、既に企画されているという第3作にも期待できると思う。(1992年8月号)
【データ】1992年 アメリカ 2時間8分
製作・監督:ティム・バートン 製作総指揮:ジョン・ピータース ピーター・グーバー ベンジャミン・メルニカー マイケル・ウスラン 製作:デニーズ・ディノーヴィ 脚本:ダニエル・ウォーターズ 撮影:ステファン・チャプスキー 音楽:ダニー・エルフマン
出演:マイケル・キートン ダニー・デビート ミシェル・ファイファー クリストファー・ウォーケン マイケル・ガフ