リリイ・シュシュのすべて
「あんたが守ってよ」。中盤、援助交際から抜け出せずに自殺する少女・津田詩織(蒼井優)が主人公・蓮見雄一(市原隼人)にポツリと言うセリフが心に残る。雄一はクラスのリーダー的な友人と詩織を引き合わせるが、詩織は交際を断る。「あたしとは釣り合い取れないでしょ」。この映画、登場人物の心理にほとんど迫っていかないのだが、この少女の言葉の断片だけが悲惨な心象風景をおぼろげに映し出している。しかし、物語の意図が見えない前半は退屈である。ビデオで撮影された西表島の描写も効果を挙げているとは思えない(これではまるで「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」だ)。14歳の事件が多かった年に14歳を主人公にした映画を撮るのなら、もう少しジャーナリスティックな視点が必要だったように思う。心象風景を必ずしも描かなければならないわけではないけれど、ただ現象を追うだけでは底の浅い映画になってしまう。大人の世界の構図を少年たちの世界にそのまま移しただけのストーリーは、いじめの現実とは少し違うのではないか。インターネットの掲示板のショットも物語の案内役以上の意味はない。
岩井俊二は13歳から15歳までの主人公とその周囲の歩みを追う。雄一にとって今は歌手のリリイ・シュシュだけがすべてで、他は灰色の人生。なぜ灰色になったのかというのが回想で描かれる1年前の出来事。優等生だった星野雄介(忍成修吾)が西表島への旅行をきっかけに悪の帝王に変貌する。西表島で星野は2度、命を失うところだった。それが何らかの変化を生み出したのか(これ以外に家庭的な事情もあったらしいことが示唆される)。雄一は雄介のグループから、たかられるようになり、灰色の毎日を送っているのである。映画は雄一の毎日のように灰色で暗鬱な雰囲気に満ちている。その中で光るのが津田詩織であり、優等生の美少女・久野陽子(伊藤歩)のエピソードである。陽子は雄介のグループにレイプされた翌日、意外な変貌を見せる。「モヒカンにしたら、抜けられるかな」。詩織が雄一に言った言葉通りの変貌を陽子は遂げるわけである。雄一と雄介、詩織と陽子が対照的に描かれるけれど、少年2人よりも少女2人の方が強い印象を残す。「Love Letter」の中山美穂がそうであったように、岩井俊二はどこかに少女への幻想を抱いているのに違いない。
ご丁寧に最後に悪は倒されることになる。だが、雄一の毎日は相変わらず灰色のままだ。HD24p(デジタルビデオカメラ)で撮影された田園風景と同じく、どこまで行っても暗鬱である。元気があふれ、テーマ的にも明確で迷いがなかった「GO」に比べると、岩井俊二の手法はこの映画の主人公のように、ひ弱であいまいである。せめて高校生という設定なら納得がいくのだが、俳優たちがいずれも中学生に見えないのも難。「十四歳の、リアル」というコピーには疑問符を付けざるを得ない。そもそも岩井俊二は本当にリアルな14歳を描く気があったのか。売春、万引き、恐喝、いじめといった材料を一通りそろえただけで物語を作り上げてしまい、現象の分析や現実への視線が決定的に足りない。2時間半近くもかけてこの程度のことしか描けないのでは情けないし、こういう映画を作っていると、岩井俊二の将来もヤバイと思う。
【データ】2001年 2時間26分 配給:ロックウェルアイズ
監督:岩井俊二 製作:ロックウェルアイズ アソシエイトプロデューサー:前田浩子 ラインプロデューサー:橋本直樹 脚本:岩井俊二 撮影:篠田昇 音楽:小林武史
出演:市原隼人 忍成修吾 伊藤歩 蒼井優 大沢たかお 稲森いずみ 市川実和子 田中要次 吉岡麻由子 鷲尾真知子 杉本哲太 樋口真嗣