It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

麦子さんと

同じ吉田恵輔監督作品で麻生久美子主演の「ばしゃ馬さんとビッグマウス」も良かったが、この映画にも感心させられた。微細な感情の動きを表現した脚本がうまい。繊細だ。普通なら、登場人物の気持ちを説明するために、あと一押しのセリフを言わせたくなるところを吉田恵輔と仁志原了の脚本は踏みとどまり、リアリティーのある細やかな表現を選んでいる。言葉ですべてを説明しない。描写で語っている。それは映画の本来的な在り方だろう。おかしくて、やがて感動的な母と娘の物語という、かつての日本映画が得意だった家族の物語を吉田恵輔は見事に受け継いでいる。小品だけれど、ハートウォーミングにしっかりと作られていて、見ていてとても心地よかった。見終わった後、「赤いスイートピー」を口ずさみたくなる。

父親が死んで3年後、兄(松田龍平)と麦子(堀北真希)が暮らすアパートに突然、母親(余貴美子)が訪ねてくる。麦子は幼い頃に離婚して家を出た母親のことをまったく覚えていない。母は最近、収入が少なくなったので一緒に暮らせば、お互いに助かるという理由で来たのだった。いったんは追い返したが、ひょんなことから母親と同居することに。兄は恋人と同棲するために出て行き、麦子は反発しながら母親と二人で暮らし始めるが、「あんたなんか母親とは思っていないから」と厳しい言葉を投げつけた後、和解する間もなく、母親はあっけなく死んでてしまう。末期の肝臓がんだった。だから母親は一緒に暮らしたかったのか? 麦子は納骨のため母の故郷の町に行き、死んだ母の思いを知ることになる。

脚本がうまいと思うのは例えば、トンカツのシーン。麦子はいつも手料理を作ってくれる母親のためにトンカツを作る。スナックのバイトで疲れ切って遅く帰ってきた母親にぶっきらぼうに「トンカツ好き?」と聞くと、母親は「最近、脂っこいもの苦手で」と答えるが、冷蔵庫にトンカツがあるのを見つけて「私のために作ってくれたの?」と喜んで食べる。しかし、その後にやっぱり気分が悪くなり、トイレで吐いてしまうのだ。このシーンの前にスーパーで麦子が外国産の豚肉を手に取った後、思い直して国産の高い豚肉を買う場面を入れているのが芸が細かい。こういう細部で場面に登場人物の微妙な気持ちが出てくる。

吉田監督は堀北真希のファンで、主人公の麦子は堀北真希にあて書きに近い形だったそうだ。そのためか堀北真希はとてもかわいく撮られており、母親への相反する思いを表現した演技と相まって代表作になったと思う。吉田監督にはぜひぜひ、堀北真希主演でまた映画を撮ってほしい。松田龍平も余貴美子も麻生祐未も温水洋一もことごとく良かった。

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