ミスター・ルーキー
「フィールド・オブ・ドリームス」の主人公は妻子がいるにもかかわらず、自分の夢のためにトウモトコシ畑をつぶして球場を作ってしまったが、この映画の主人公は妻子のために会社を辞められず、覆面をして阪神タイガースのストッパーになる。夢を実現したいなら、妻子がどうこう言うなよと言いたいところだが、両者が夢に向かっていく男の話であることは共通しており、どうせキワモノだろうと、高をくくって見に行ったら、意外に良い出来なので驚いた。監督の井坂聡は東大時代、野球部に所属していたそうだ。あの「Focus」(浅野忠信主演)撮影後にこの脚本を書き、5年後に映画化にこぎつけた。「フィールド・オブ・ドリームス」はもちろん意識しただろうが、それ以上にバリー・レビンソン「ナチュラル」の影響もあるように思える(親子のキャッチボールの場面もちゃんとある)。若い時、ふとした事故で野球人生を棒に振った男が30代になって「奇跡のルーキー」として甦るという話は、この映画のストーリーと似ている。「ナチュラル」は映画全体が不思議な雰囲気に彩られていたのが魅力だったが、この映画も主人公の肩を治すトレーナーにもう少し神秘的な設定があれば言うことはなかった。
「あたしは歌手になるのが夢だった。でも今はカラオケで歌って、うまいねって、いわれるのがオチ。あなたは自分の夢を実現したのに、なぜそれをあきらめるのよ!」。中盤、妻の鶴田真由が阪神の一軍登録を抹消された夫にまくしたてる場面がいい。主人公の大原孝嗣(長嶋一茂)は高校時代、夏の甲子園・東東京予選の決勝で肩を傷めたままマウンドに上がり、そこで力尽きた。野球選手になる夢をあきらめ、ビール会社に就職して十数年。草野球のマウンドに立っていた時にトレーナーの男(國村隼)に出会い、治療を受け、トレーニングを重ねて3カ月で肩を治す。かつての豪速球を取り戻した主人公は阪神監督の目にかなって秘かに入団。会社の仕事を終えた後、甲子園だけに登場する覆面ピッチャーとして活躍するのである。もちろん会社にも妻子にも内緒で。
ところどころにテレビドラマ的描写はあるし、主人公の会社の上司・竹中直人のいつものアクの強い演技や監督を演じる橋爪功のセクハラまがいの描写は余計。テレビ局のリポーターさとう珠緒の役があまり生かされないとか、会社内部の描写があまり効果を挙げていないなどの多くの細かい傷はあるにせよ、中盤以降の展開には深く共感できる。リーグ優勝をかけた試合で最後の打者となるのが高校時代からの因縁の選手(駒田徳広うまい)で、それを打ち取るのが主人公の超人的な力ではない点もいい。こういう処理を見ると、野球経験のある人が書いた脚本なのだなと思わせる。
映画初主演の長嶋一茂はこれまた意外にも好演。野球よりも俳優の方が似合っていると思えるほど。映画では久しぶりの鶴田真由(「梟の城」以来)も良い。クライマックス、ピンチヒッターにあの選手が出てくることも阪神ファンなら、うれしくなるだろう。
【データ】2002年 1時間58分 配給:東宝
監督:井坂聡 企画:大木達哉 エグゼクティブ・プロデューサー:伊地智啓 プロデューサー:田村三勇 赤井淳司 清水啓太郎 原案:佐藤佐吉 脚本:井坂聡 鈴木崇 台詞:飯島早苗 撮影:佐野哲郎 美術:斎藤岩男 音楽:和田薫 主題歌:ウルフルズ「バカだから」
出演:長嶋一茂 鶴田真由 國村隼 山本未来 さとう珠緒 吹越満 中原丈雄 嶋尾康史 米田良 神山繁 駒田徳広 宅麻伸 竹中直人 橋爪功 ランディ・バース