クリ-ピー 偽りの隣人
前川裕の日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作「クリ-ピー」を黒沢清監督が映画化した。元刑事で犯罪心理学の大学教授とその妻が引っ越してきた新居の隣に住む男にじわじわと追い詰められていくサイコ・サスペンス。隣に住む男を演じる香川照之は登場した時から異常で不気味な雰囲気を漂わせ、粘着質で話が通じない男をリアルに演じている。
物語は家族を恐怖で支配し、7人が犠牲になった北九州の家族監禁連続殺人事件をモデルにしているようだが、人を恐怖で支配・従属させるのではなく、映画では中毒性のある薬を使う。人当たりの良い顔で近づき、徐々に本性を現して支配していく過程を描くと時間がかかるし、薬でやってしまった方が手っ取り早くて映画向きではあるのだろう。少し冗長さを感じる部分があるにせよ、僕は面白く見た。ただ、気味が悪すぎて嫌悪を感じる人もいるかもしれない。
主人公の高倉(西島秀俊)は警察署内で逃亡したサイコパスの男から背中を刺される。1年後、刑事をやめて大学教授になり、妻の康子(竹内結子)とともに新居に引っ越す。近所に挨拶回りに行くと、2軒隣の家は「近所付き合いはしない」とつっけんどん。隣の家はインターホンを押しても誰も出てこなかった。その隣の家には西野(香川照之)が娘の澪(藤野涼子)と住んでいることが分かる。妻もいるらしいが、姿は見えない。大学で高倉は6年前に起き、未解決となっている一家3人失踪事件に興味を持ち、同僚とともに事件現場を訪れる。事件当時、修学旅行で不在だった早紀(川口春奈)のみ失踪を免れたが、早紀は事件前後の記憶をなくしていた。
当然のことながら、この失踪事件は西野に結びついていく。高倉の同僚だった刑事・野上(東出昌大)や事件の捜査をする谷本(笹野高史)が西野の家を訪れる場面はヒッチコック「サイコ」の私立探偵アーボガースト(マーティン・バルサム)がベイツ・モーテルを訪れる場面を思わせる。「サイコ」がそうであったようにこの映画も化け物ホラーの側面を持っている。
映画は後半、西野の家の地下室を見せる。日本の一般住宅に地下室があることはまれだが、造型を含めて陳腐にはなっていず、成功している。黒沢監督は映画がR15+指定にならないよう死体の処理の仕方を工夫したそうだ。この処理の仕方は日本独自のものだろう。事件が解決するかと思わせて、さらにもう一つのエピソードを付け加えたのは普通を嫌ったためか。ラストだけでなく、全体も原作とは異なった部分が多いようだ。いっそのこと、すごく後味の悪い結末にする手もあったかなと思う。そういうラストは独立系の映画にはできても、松竹配給の作品では難しいのだろう。
西島秀俊と東出昌大は演技的にどうかと思える場面が一つ、二つある。映画を支えているのは言うまでもなく香川照之と、不安と官能を身にまとった竹内結子の演技だ。