It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

この世界の片隅に

玉音放送を聞いて終戦を知った主人公の北條すず(のん)が叫ぶ。「そんなん覚悟の上じゃないんかね? 最後のひとりまで戦うんじゃなかったんかね? いまここへまだ五人も居るのに! まだ左手も両足も残っとるのに!! うちはこんなん納得できん!!!」

少しぼーっとしていて流されるようにして生きてきたすずさんにしては意外なほど激しい言葉だ。物資のない不自由な暮らしに耐え、肉親を戦争で亡くした悲しみに耐え、自分の身に起きた不幸にも耐えてきたのに、一方的に終戦を告げられたのでは「国に騙された」という思いが一気に爆発してもおかしくはない。

戦時下であってものんびりしていてギャグを交えたユーモラスな前半の日常描写が後半、唐突に変わる。多数の爆撃機が呉の街の上空に姿を現すシーンは「地上より永遠に」を思い起こさせた。いや、「地上より永遠に」の場合はあの真珠湾攻撃の戦闘機から戦争が始まったわけだが、「この世界の片隅に」では既に戦争は始まっていた。しかし配給が少なくなり、肉親が外地で戦死しても、戦争はまだどこか遠くの話だった。それが爆撃機の出現で一気に差し迫ったものとなる。

ここから映画は空襲警報、空襲警報、空襲警報の連続。この空襲の描写がリアルだ。上空から爆弾や焼夷弾を降らせる爆撃機、機銃掃射、迎え撃つ対空砲火、防空壕で耳を塞ぎ、口を開けて震える人々。そこまで泣き笑いの普通の日常が丹念に描かれているだけに、後半の描写は切実になる。

こうの史代の原作は「戦時の生活がだらだら続く様子」を詳細に描いているが、片淵須直監督は自身でも戦時中の生活について一次資料を調べ上げたという。漫画をアニメ化する場合、すべてのシーンの絵コンテがあるようなものだから、映画化しやすいのではと思えるけれど、漫画とアニメの間には情報量に大きな違いがある。その情報量を埋めるためには独自の取材が必要だったのだろう。それが映画の厚みになっている。

ただし、この映画の魅力は情報量ではなく、すずさんの好感度の高いキャラクターと周囲の人たちとのドラマの方にある。つつましく暮らしていた普通の人たちに突如襲いかかる戦火の残酷さが胸に強く迫るのだ。

キネマ旬報ベストテン1位。アニメ作品が1位になるのは「となりのトトロ」以来28年ぶりだという。トトロが1位になった1988年のベストテンには2位に長崎原爆の前日を描いた黒木和雄監督の傑作「TOMORROW 明日」があり、6位に高畑勲「火垂るの墓」(トトロと2本立て公開だった)が入っている。この2本、どちらも戦争を描いて「この世界の片隅に」との類似性が指摘されているのが興味深い。さらに7位には広島原爆の被爆者を描いた新藤兼人「さくら隊散る」がある。今思えば、80年代はまだ戦争からそんなに遠くはなかったのだ。

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