紅の豚
宮崎駿のベストは「風の谷のナウシカ」だ、と思っている。アニメーティングが素晴らしかったのは言うまでもないが、エコロジーのテーマと物語がうまく溶け合い、現在の地球環境問題を完全に先取りしていた。「未来少年コナン」とナウシカはそのテーマで真っすぐにつながる。自然と文明を対比するこの視点は「ルパン三世カリオストロの城」や「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「魔女の宅急便」などの他の作品にも多かれ少なかれ共通している。しかし、それ以上に共通するのは空を飛ぶシーン。「紅の豚」はその空中シーンの魅力を満載した映画で、ラピュタに通じるものがある。「おもひでぽろぽろ」に疲れたスタッフのリハビリのために企画したというから、テーマ性は稀薄だけれども、派手なアクションの楽しさに満ちたスペクタクルな映画だ。
ファシズムの足音が聞こえる1920年代のイタリア、アドリア海。かつての空軍の英雄マルコ・パゴットは戦争が嫌で自分に魔法をかけ、豚になった。今はポルコ・ロッソ(紅の豚)と呼ばれ、真っ赤な飛行艇を操る賞金稼ぎとして空の海賊(空賊)たちに恐れられている。空賊たちの憧れの存在がホテル・アドリアーノの女主人ジーナ。ジーナはポルコと青春時代をともに過ごした仲間で、数少ない理解者でもある。これに空賊が雇った腕の立つ飛行艇乗りのアメリカ人カーチスと、飛行艇整備士の17歳の娘フィオが絡んで物語が展開する。宮崎駿は簡単なプロットを迫力のある空中シーンでつないでいく。というより、動きのある空中シーンを描くことがそもそもの狙いであるわけだから、物語は単純な方がいいのだ。フワリとした飛翔感と飛行艇の重量感が同居している作画が、いつもながらにすごい。フィオたちによって修理されたポルコの飛行艇が運河を大きな水しぶきを上げて飛び立つシーンや、クライマックスのポルコとカーチスの決闘シーンはスピード感にあふれている。
ユーモアもたっぷりで、マンマユート団のヒゲ面のポスをはじめとした空賊の面々はほとんど無邪気で、見ていて笑ってしまう。これに対してポルコは外観はユーモラスであるけれども、その行動はかっこいい男として描かれる。考えてみれば、宮崎駿の映画で中年男が主人公となることは珍しく、「カリオストロの城」のルパンを除けば、どの作品も主人公は少年であり、少女であった。「カッコイイとは、こういうことさ。」と、映画のコピーが歌うように、これは中年男の心意気なり、ダンディズムなりを描いたと受けとってもいいだろう。そしてそのために監督自身の思いがこれまでの作品よりも正直に出た、と僕は思う。.パンフレットの中で宮崎駿はユーゴスラビアの紛争が続くアドリア海が舞台なので、「ノーテンキな映画にするわけにはいかなくなった」と語っている。ポルコの戦争嫌い(実はファシズム嫌い)という設定や、パリ・コンミューンヘの追憶を綴うた「さくらんぼの実る頃」を主題歌にしたことなどに端的にそれは現れている。宮崎駿がこれを私映画と呼ぶのは飛行艇へのマニアックぶりだけでなく、そんな点があるためだろう。硬派な人なのである。
「紅の豚」はこれまでの作品からみれば水準作で、ナウシカもルパンも超えてはいない。(「魔女の宅急便」よりは上だ。テーマを一言で言える映画はやっぱり弱い)。しかし、宮崎駿という監督の本質を理解するためには重要な映画だと思う。(1992年9月号)
【データ】1992年 1時間33分 徳間書店=日本航空=日本テレビ=スタジオジブリ
監督・原作・脚本:宮崎駿 作画監督:賀川愛 河口俊夫 美術:久村佳津 音楽:久石譲
声の出演:森山周一郎 加藤登紀子 桂三枝 上条恒彦 岡村明美 大塚周夫 関弘子 阪脩 野本礼三 仁内建之