It's Only a Movie, But …

シネマ1987online

学校

最初の回想が始まった時点でヤバイと思った。もしかしたら、これはこうやって下町の夜間中学に通う生徒一人ひとりの境遇を回想で見せるのではないか。果たして、映画の最初の1時間は回想に終始する。もちろん、それだけで映画を終えることには無理があるので、何かに収斂させる必要があるだろうと思っていると、予想通り、初老の生徒イノさん(田中邦衛)の死とその回想(!)が映画のクライマックスとなる。素人にでも先が読めるこの構成、決して褒められたものではないだろう。映画からは夜間中学とはこんなものでこういう生徒が通っているということは分かるが、もう一歩踏み込んだものがない。生徒の境遇を描くことで一面の現実は浮かび上がっている。しかし、夜間中学が今置かれている現状(外国人の締め出しとか、閉鎖の憂き目にあっている学校もあるのだ)にもっと目を向けるべきではないか。15年間、企画を温めているうちに現実とのズレが生じている。

考えてみれば、管理教育の大本締めである文部省が“特選”を与えるような映画に教育の真実(現実)などあろうはずがない。山田洋次の演出は描写に力があるので、生徒それぞれのエピソードはそれなりに胸を熱くさせるものはある。孫を持つ年になって初めて文字を覚えた在日韓国人のオモニ(新屋英子)や中国残留孤児の母親とともに日本にやってきたが、仕事に満足しないチャン(翁華栄)のエピソードは一昨年の「息子」のように現実との接点を感じる。父親がアル中で家に帰りたがらない不良少女みどり(裕木奈江)と黒井先生(西田敏行)との交流も良いのだが、いかにも山田洋次らしいのは「息子」同様、一見いい加減な奴に見えて実は真面目に働いているカズ(萩原聖人)であり、苦労を重ねて夜間中学にたどりついたイノさんのエピソードである。

イノさんは東北の貧しい家庭に生まれ、妹が死んだことに責任を感じて東京に出てきた。日雇いの仕事を繰り返し、50歳を過ぎてようやく下着販売会社の正社員となったが、文字を知らないために車の免許も取れない。汗をしたたらせながらリヤカーを引いている。夜間中学に通うようになって田島先生(竹下景子)にほのかな恋心を抱くが、それが破れた時、長年痛めつけられてきた体も壊してしまうのだ。

ピート・ハミルの「幸せの黄色いリボン」を「幸福の黄色いハンカチ」に変えてしまったように山田洋次の描写はいつも泥臭い。それは日本映画の伝統を引き継ぐという意味で利点でもあるのだが、この映画の場合、印象を極めて古くさいものにしてしまっている。どれも下町の人情噺の域を出ていないのである。それに輪をかけるのが、映画を締め括るあの馬鹿げた「幸福って、いったい何ですか」という問い掛けだ。私はここでコケた。それまでイノさんの重たい生涯を話していたのによくもまあ、そんなに簡単に話を切り替えることができるものだと思う。取って付けたような、とはこのことだろう。

結局、山田洋次は自分の守備範囲の中で、夜間中学を描こうとした。というか、自分の描き続けてきたものと夜間中学とに接点があったからこそ、題材に選んだのだろう。泣かせて笑わせる素晴らしい技術がありながら、これでは惜しいと思う。(1993年12月号)

【データ】1993年 2時間8分 松竹
監督・脚本:山田洋次 脚本:朝間義隆 製作:中川滋弘 撮影:高羽哲夫 長沼六男 美術:出川三男 横山豊 音楽:富田勲
出演:西田敏行 竹下景子 萩原聖人 中江有里 新屋英子 翁華栄 神戸浩 裕木奈江 渥美清 大江千里 笹野高史 大和田伸也 園佳也子 坂上二郎 すまけい 小倉久寛 浅利香津代 田中邦衛

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