BALLAD 名もなき恋のうた
優れたジュブナイルであり、優れたリメイク。「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」を見た時に、映画の完成度の高さに感心しながらも、これはクレしんの枠組みでやる必要はない話と思った。実写版の今回はもちろん、クレしんの枠組みではなく、主人公は川上真一という小学生になっている。山崎貴監督は井尻又兵衛と廉姫の秘めた恋心、儚い恋の行方を中心に物語を組み立てた。
映画の成功は主にこの2人を演じる草なぎ剛と新垣結衣の好演にある。クレしん版の又兵衛はがっちりした体格と無骨な男らしいイメージがあり、草なぎ剛では少し違うかと思ったが、鋭い眼光と殺陣、ナイーブさを表した演技で十分にカバーしている。新垣結衣は清楚で勝ち気で信念を曲げない廉姫にぴったりだった。「お前が生きてかえってくれれば…自由に生きよう。お前と」。500対5000という圧倒的に不利な戦いの中で、2人は姫と臣下という身分の違いを超えて思いを募らせる。この2人のきりっとした姿は見ていてとても気持ちよい。これにVFXで戦国時代の舞台を整え、泣かせどころをわきまえた山崎貴の情感豊かな演出が加わって心に残る作品になった。
ストーリーはほぼ同じである。湖のそばで祈りを捧げる姫の夢を見た主人公の真一(武井証)は「川上の大クヌギ」のそばで古い文書を見つけ、なぜか天正2年にタイムスリップする。そこで又兵衛を狙っていた鉄砲隊のじゃまをして、偶然、又兵衛の命を救う。小国の春日の国で侍大将を務める又兵衛は“鬼の井尻”の異名を持つ凄腕の男。美しい廉姫とは幼い頃、一緒に遊んだ仲だった。その廉姫に大国の大倉井高虎(大沢たかお)が目を付ける。廉姫を嫁に差し出せという要求に殿様の康綱(中村敦夫)は一時は屈するが、真一と後を追ってきた両親(筒井道隆、夏川結衣)から未来の話を聞き、要求を断る。「むなしいのう。戦に明け暮れ、国を守っておるが、いずれは消え去る運命か…」。怒った高虎は軍勢を率いて春日の国に攻め入ってくる。女子供を含めて500人しかいない春日の国は存亡の危機に陥る。
パンフレットによれば、山崎貴は「ラストサムライ」の撮影現場を見学して以来、時代劇を撮りたいと考えていた。小説や映画や漫画など数ある時代劇の中で「一番いい話、自分が大好きな話」として「戦国大合戦」のリメイクを決めたのだという。欲を言えば、黒沢明や山田洋次の時代劇にあるような生活感のリアリティのある描写が欲しいところだったが、小さな傷だろう。ストーリーがすべて分かっているのに、泣かせられる演出とクレしん版の特徴でもあった合戦のリアルな描き方は実写にしても少しもおかしくない。映画の冒頭でいじめっ子から逃げた真一が又兵衛たちとの交流を通じて「逃げない」少年になるという枠組みはジュブナイルには欠かせないものだろう。佐藤直紀の音楽も情感を高める素晴らしいスコアだった。